墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

相川考古館

大室古墳群からの続き。

古墳公園を出て真南に8kmで伊勢崎になる。

伊勢崎市は初めて訪れた。群馬県の鶴の形の「のど元」のあたりに位置する。東北自動車道関越自動車道との中間で、南関東からは遠い所。東武鉄道の大動脈、東武伊勢崎線の終点だったが東京側が「東武スカイツリーライン」に変わってしまった。

以下、Wikipediaから。伊勢崎銘仙という絹織物で有名だが、大きな工業団地が誘致され、工業製品出荷額ではスバルの太田市に次ぐ。「いせさき」と清音が正しく、歌謡曲で有名な「伊勢佐木町(横浜)」の濁音ではない。

あだち充の出身地で「少年時代は兄のあだち勉とともに貸本漫画の読者コーナーの常連であり、『群馬の天才兄弟』として知られた存在だった」そうだ。

戦中、8月14日の夜の空襲で市内の40%が被災したが死者29人とある。

 

広瀬川が中心部やや西を流れていた。一方通行の細い道が、少し不規則な碁盤の目になって入り組んでおり、古い佇まいの店舗が多い。散歩するといろいろ発見があると思う。この日はすでに16時近く、相川考古館到着も閉館ぎりぎりだったので通過するのみ。

 

 

 

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相川之賀(しが)氏が開設した私設博物館だが、重要文化財の埴輪を3点所蔵する。

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おそらく相川氏の子孫と思われる方が、展示品を丁寧に解説して下さった。

庭の茶室は江戸末期1861年築造で県指定文化財。母屋には明治から昭和にかけてのひな壇が飾ってあった。

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琴を弾く男子は小ぶりながら、丁寧につくられた指先と、微笑しているような口元が印象的。

武人埴輪は上野の東博の国宝と同じような造りで、こちらの方は手にする弓も残っている。

http://aam.or.jp/exhibition/

 

「ショップ」も充実。売り物ではないが「8/14の米軍の落し物」(中は抜いてあるそうだが実物)も持たせていただいた。とても重く、爆発しなくても地中深く届きそうだった。

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続く。