墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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ウワナベ古墳現地説明会 2020/11/22 奈良県奈良市法華寺町宇和奈辺

いよいよ今回の墳行のメインイベント。

発掘調査中だったウワナベ古墳の現地説明会は事前申し込みによる抽選で、11月21日~23日で各日数回ずつ設けられていた参加枠は第2希望まで書けるようになっていたが、運良く22日の13時の回で、2名で当選した。

 

集合場所の奈良県コンベンションセンターへ向かうと、そこから古墳まではチーム単位でのバスが用意されていた。1チームは20人ほど。

係りの方に誘導されて、国道に沿って800mほど歩きます。

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前方部の端を横目に通り過ぎて。 

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いただいたパンフ(下記の橿原考古学研究所サイトでダウンロード可)によれば、ウワナベ古墳は古墳時代中期(5世紀)の巨大な前方後円墳。今回の調査により周濠に埋まっていた裾部分が発掘されて全長が(255mから、270~280mに)伸びたため、全国で12位に大きさ順位をひとつ上げました。

http://www.kashikoken.jp/under_construction/wp-content/uploads/2020/11/uwanabe.pdf

 

マップの中央右側のきれいな鍵穴形がウワナベ古墳。すぐ左隣にコナベ古墳、その左上にヒシャゲ古墳などがあり、さらに西の五社神古墳・佐紀陵山古墳なども含めて、佐紀古墳群を形成する。

 

発掘調査現場に到着。後円部の右上側です。

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作業されている方々の横を通って墳丘にアプローチ。

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水を抜いた後円部沿い周濠ですが、かなり泥で埋まっていたことがわかります。

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墳丘裾では整備された土の上を歩きました。

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こたらが濠の土を掘り下げた調査区。随分と深いです。

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墳丘側から。説明サインが裏からになっていますが、手前側には葺石、その少し先の土手上には基底石と書かれています。こぶし大の葺石はしっかり残存。

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葺石を覆う茶褐色腐植土から9~12世紀ごろの土器が出土し、その上に転落石や埴輪を含む、粗砂の層と粘質土の層が積み重なることから、12世紀以降に周濠に水が溜まり墳丘の浸食がはじまったことがわかるそうです。

 

その斜向かいの墳丘では、宮内庁の第2トレンチが。

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見学用の櫓の上から。

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埴輪列がある場所が、元の墳丘面。葺石の場所からが平坦面(テラス)です。

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その上に厚い土の層があるのは、農業用水としての濠の水深確保のため、浚渫した土砂を墳丘に積み上げたから、と現地で伺いました。

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櫓を振り返りながら、次のトレンチへ。

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後円部東側の見学ポイント。

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通路から目にした墳裾の現況。

周濠の水が削ってしまうのですが、当古墳は濠の水が農業用水となっていて水位が季節で変わるので浸食が進行したようです。

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ここは濠を奈良市が、墳丘を宮内庁が調査をしていました。ハシゴの位置で担当区が分かれています。

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 ここも、かつての墳丘斜面までが深い。

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左下の葺石までがオリジナルの墳丘の斜面。深さは10mほどでしょうか。

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すぐ先に水面がありますが、堤のようなものはありませんでした。この辺りの周濠に土砂が積もりやすくなっているようでした。

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ウワナベ古墳は宮内庁が管理する陵墓参考地ですが、保持する範囲は墳丘部分のみで、ウワナベ池とも呼ばれる周濠部分は法華寺町農家組合の管理とのこと。

今回の調査は、宮内庁が墳丘の護岸工事に先立つ事前調査を行う機会に合わせて、奈良県橿原考古学研究所が古墳の北東側、奈良市が北・東側の墳丘裾を確認調査したのだそう。

パンフには、「巨大前方後円墳解明の第一歩が複数機関の同時調査によって踏み出せたことは大きな成果」であると記されていました。

 

誘導に従って見学路を戻ります。

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先ほどの櫓を通り過ぎて後円部先端側に設けられた、もうひとつの櫓へ。

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櫓から見た、宮内庁の第1トレンチ。

やはり埴輪列の上に、土が厚く積もっています。

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円筒埴輪には「鰭(ひれ)」がついています。

宮内庁の調査で検出された埴輪は、大多数が鰭付円筒埴輪で、「5世紀としては特異な埴輪を墳丘でも使用していた」ことがわかったとのこと。

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前出のパンフによれば、ウワナベ古墳ではこれまで実施された国道24号バイパス線に伴う調査(奈良文化財研究所)、航空自衛隊奈良基地関連の調査(橿原考古学研究所)、堤の護岸工事に伴う調査(奈良市教育委員会)により二重周濠がめぐることや、内外堤に古墳時代前期に盛行した鰭付円筒埴輪が並んでいたことが明らかになっているとのこと。

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土の中にまだ埋まっている埴輪が生々しかったです。

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そのすぐ後ろ、樹林をすかしてうっすらと後円部墳頂部のシルエットが。

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おそらくその墳頂部付近に、竪穴式石室があるのでしょう。

見学路から先の風景。

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対岸のこの塔はなんでしょうか。自衛隊の敷地内。

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その後、一行は敷地から出て、前方部先端側へ移行。

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前方部側から、さきほど見学した後円部東側をズームで。

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特設会場(テント)で、出土した埴輪の見学もできました。

こちらは以前の調査で外堤から出た鰭付円筒埴輪。

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今回の調査で出土した円筒埴輪片。

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縞のある角のような線刻のある円筒埴輪片。

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鰭も。

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今回の調査とこれまでの調査区域を示した地図。

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以前に調査された内堤・外堤の位置。

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ツアーはバスでコンベンションセンターへ戻るが、ここで抜けても可とのことだったので、ガイドの方にお礼を言って別れた。

西隣のコナベ古墳との間にあるバス停・航空自衛隊前から、ちょうど奈良駅行のバスがあったので。

 

ウワナベ古墳を、前方部左裾側から。

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コナベ古墳を前方部右裾側から望んだ。

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 3年近く前に歩いたときの様子(スマホでは画像が見られません)