墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

日本女子大 成瀬記念講堂・成瀬記念館(外観のみ) 東京都文京区目白台

前回のつづき。

講談社野間記念館を見たあと、500mほど西の目白通り沿いにある日本女子大へ向った。

こちらは成瀬記念講堂。一年前に前を通り過ぎた。

日無坂・富士見坂 東京都文京区目白台/豊島区高田 - 墳丘からの眺め

 

あらためて見ると煉瓦塀が美しい。

 

ちょっと敷地の中に入ったところから成瀬記念講堂の外観。関係者以外は非公開。

 

煉瓦壁沿いに説明板もあった。

日本女子大学 成瀬記念講堂 文京区指定有形文化財

日本女子大学の象徴的建物で、創立者成瀬仁蔵の名を冠する。正門右手にある。

明治39年(1906)、工学士・田辺淳吉の設計、清水組(現在の清水建設株式会社)の施工で竣工した。明治時代のわが国の斬新な洋風講堂建築である。

その後、大正12年(1923)の関東大震災により外壁の煉瓦壁破損のため、今日みられる木造外壁に改修された。現在も残る基礎部分の煉瓦構造、ラテン十字型の平面、さらに二層の屋上小塔などに創建当初の姿をみることができる。講堂の内部は、中央に演壇、両側にウイングと呼ばれる翼廊、二階桟敷などを設け、ステンドグラスを用いたゴシック風の大きな窓を配している。

総体的に、西洋教会堂の基本形式をふまえながら、西洋中世貴族の館の大ホール様式を加味した設計で、今に残る明治時代の学校建築として貴重である。

学校法人日本女子大学 文京区目白台2-8-1 文京区教育委員会 平成3年3月

 

「本日の目的地」だった成瀬記念館は成瀬記念講堂と向かい合うようにして建つ。

 

2016年4月8日まで「女子大学校創立の恩人 広岡浅子展」を開催中。入館無料。

NHKの「あさが来た」で、まさにちょうど今、女子大創立に奔走し始めた場面。

ドラマでは成沢さんになっているが、モデルは成瀬仁蔵 - Wikipedia

実際の話とは随分異なる。

創立者 成瀬仁蔵 | 日本女子大学

 

どんな資料が見られるかと思ったら、なんと土曜日は12時閉館。この時点で12:20、再訪せよとのことでしょう・・・

白梅が満開でした。

つづく。