墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

春林院古墳(和田岡古墳群) 静岡県掛川市高田

前回のつづき。同じく和田岡古墳群。

春林院(しゅんりんいん)古墳も、原野谷(はらのや)川が削った河岸段丘の縁にあった。

 

グーグルマップに従って進むと、茶畑の端に誘導された。

 

溝を越えた木立の中に土盛りが。

 

振り返ると広がる茶畑。

 

墳丘の麓に説明板もあった。

史跡 和田岡古墳群
春林院(しゅんりんいん)古墳 平成8年3月29日指定
和田岡古墳群は、原野谷川が形成した河岸段丘の南北約2.5km、東西約1.0kmの範囲に造営された古墳群で、古墳時代中期(約1600~1500年前)に築かれた前方後円墳4基と円墳1基が、国の史跡に指定されている。
これらは、原野谷川中流域を治めた有力者の墓として認められている。

春林院古墳は、昭和38年(1963)に全面的な発掘調査が行われた。直径30m、高さ5mの円墳で、墳丘は二段に築かれ、斜面には葺石が葺かれている。
埋葬施設は、墳頂部の南寄りで棺を粘土で覆った粘土槨が確認された。その大きさは幅1.35m、高さ0.95m、鎌倉時代の墓により壊されているため本来の長さは不明であるが、2.84mは残っていた。粘土槨の中から遺物は出土していないが、その北側から鉄剣1、鉇1、針数本が出土した。また、墳丘斜面から壺形埴輪の破片が多数出土し、墳頂部から直径50cmの穴に入れられた壺が出土した。
出土遺物から古墳時代中期初め頃の築造と考えられる。
平成28年3月 掛川市教育委員会

 

実測図のアップ。

 

少し離れて標柱も。

 

振り返った西側には太陽光パネルが並んでいた。

 

墳丘に上がらせていただく。

 

墳頂には測量の杭があった。

 

墳頂から南東側。古墳名の由来になったお寺、春林院の屋根が見える。

 

南側。

 

東側は急斜面。

 

中々広い墳頂だった。

 

墳頂の上は樹木の天井。

 

北西方向の様子。

 

春林院古墳のある木立を太陽光パネル越しに。