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墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

浄土宗 妙定院 東京都港区芝公園4丁目

東京文化財ウィークの一環で、赤羽橋の浄土宗・妙定院(みょうじょういん)の特別公開「妙定院展2016 伝来の本尊と徳川家康公 本堂大公開」があった(11月3日から5日まで) 

 

境内は歴史の波を受けて狭くなっているが、山門をくぐって正面に本堂が、左に蔵や社務所がある。

この日は、国登録有形文化財の熊野堂も公開。

登録有形文化財 熊野堂
寛政8年(1796)に妙定院の鎮守として建立されました。熊野三社大権現を本尊としています。かつては境内南東奥にありましたが、この場所に解体移築・修復されました。

 

熊野堂の側面。中には江戸城大奥から寄進された仏像などが多数安置されていた。

 

上記の背面に、上土蔵。こちらは外観のみ。

上土蔵(浄土蔵)
文化8年(1811)建立
妙定院の収蔵庫として寺宝を守り続けてきました。かつては境内南東にありましたがこの場所へ解体移築・修復されました。

 

本堂内では快慶作と伝わる「裳かけ阿弥陀如来像」などの仏様を参拝し、所蔵の仏画や「法然上人伝絵詞・琳珂本(港区指定文化財)」なども拝観した。

 

お寺のサイト妙定院の建立によれば、妙定院は宝暦13年(1763)に増上寺四十六世妙誉定月大僧正により、九代徳川家重公の菩提を弔うために開山され、定月上人の戒号より妙定院と称し、増上寺の別院、念仏道場・学問研究の名刹として知られてきたとのこと。

本堂は平成19年に純木造で再建。落慶ごあいさつには、戦災や都市化の波を経て伽藍を復興した住職の情熱がにじみ出ていた。

 

 本堂前には大きな石灯籠。

 

かつて増上寺の御霊屋、徳川家重公の墳墓に奉納されていた石灯籠だった。

 

本堂前から、東京タワーをバックにした山門。

 

 築地塀のそばには仏足石も。

 

本堂の右手は墓地。すぐ横を首都高都心環状線が通る。高速の下は渋谷川の下流・古川が流れる。

 

通りに面したお寺の塀。熊野堂の側面は通りからも良く見える。

 

通りを渡って芝公園側から見た妙定院。

つづく。