読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

高柳銚子塚古墳 千葉県木更津市

千葉県の古墳

連休中日の日曜日、木更津の古墳群を訪ねた。

前日の講演会にその名が出た、未探訪の大古墳(現存は一部のみ)に行ってみなくては、と思い立ち。

家族はそれぞれに用事があり、残念ながら単独行。

好天に恵まれたので電車+貸自転車で。

 

蘇我から30分強(普通)で木更津駅に到着。自転車を借りるために西口で降りる。

西口の駅舎は懐かしい昭和の雰囲気があった。

f:id:massneko:20140914111622j:plain

西口正面の、あまり人通りのないアーケードを進む。

f:id:massneko:20140914111633j:plain

光明寺という寺を過ぎた次の小道を右折すると、「はなおか自転車店」がある。

一日500円でママチャリを借りれる。最初に5000円を預ける必要がある。

この日借りれたのは3段の変速機付きで、これが非常に快適だった。

昭和15年創業の老舗自転車店だそうだ。定休日があり、台数も限られるので、事前確認した方がよいかも(0438-22-3140)

f:id:massneko:20140914111922j:plain

目指す古墳は、内房線沿いの東側、駅の北2km強の地点にある。線路沿いに道がないようだったが、適当に北を目指して漕ぎ出した。

はじめに内房線の踏切を渡り、線路東側へ。使用していない線路が沢山埋まっていて、鉄だらけの道だった。

f:id:massneko:20140914112416j:plain

適当に左折し、住宅地の中を行くと、久留里線の踏切を越える

f:id:massneko:20140914112921j:plain

立派な家々の間を、ときどき左右にゆるくカーブする道を北上する。周囲より若干高くなっているので、旧い道ではないか。風もなく気持ちがよい。NHKこころ旅(とうちゃこ)の歌が流れてきそう。

f:id:massneko:20140914122443j:plain

道路わき、水が張られた場所には白鷺が。

f:id:massneko:20140914113211j:plain

しばらく行く田畑の中の道になった。

行ってみれば墳丘がわかると思っていたら見当たらず、迷う。砂利道を行ったり来たりしたが、そこではなかった。

f:id:massneko:20140914113817j:plain

迷っているときに用水路を渡った。

f:id:massneko:20140914114016j:plain

水面が波立っていたので覗いたら、小さな魚がうようよいた。

f:id:massneko:20140914114023j:plain

自然に帰ろうとしているバスも。

f:id:massneko:20140914114317j:plain

 

ついに古墳を発見。久留里線を越えて、東西(左右)に通る2車線道路の2本目の、内房線踏切の脇の小道を進むと、ちょっとした小山があった。

南側から見ると盛り上がりの真ん中が凹んでいる。

f:id:massneko:20140914115716j:plain

たぶんこれだと思いながら近づいていくが、案内板はない。

f:id:massneko:20140914115623j:plain

道路沿い、東側から見たところ。

f:id:massneko:20140914114943j:plain

中腹に石碑があるのが見えたので行ってみた。ひざくらいの高さの雑草が茂って地面が見えなかった。

f:id:massneko:20140914115617j:plain

大きなバッタに驚きながら雑草をかきわけて石碑に到達。だが、古墳とは関係がないようだった。

f:id:massneko:20140914115059j:plain

石碑の位置からの、南側の眺め。

f:id:massneko:20140914115120j:plain

それ以上は深い藪なので、もときた道に戻る。

f:id:massneko:20140914115204j:plain

北東側から見たところ。

f:id:massneko:20140914115328j:plain

再度南東側から。左に内房線が走っている。

f:id:massneko:20140914120120j:plain

・高柳銚子塚(たかやなぎちょうしづか)古墳(別名:長州塚、茶臼塚) 下記データと説明は「房総の古墳を歩く」より

前方後円墳 5世紀前葉

所在地:木更津市高柳字塚ノ越3298

全長:不明(110m以上)、方位:ほぼNW、埋葬施設:長持形石棺?、出土品:滑石製模造品6 埴輪(円筒、朝顔)、後円部の一部のみ残存。

「千葉県で第3位の大きな古墳だったが、明治末(1912年)の鉄道建設の際、前方部が削りとられ、戦時中には高射砲指令所が設置され、後円部の中央が大きくえぐられた」

房総の古墳を歩く/木更津市の古墳

 

前日のいちはら埋文講座では全長142mで千葉県第2位の大きさだったと言及されていた。142mは大変な大きさだ。

このあと訪れた、木更津市郷土博物館には実測図があり、もとの大きさを実感できてとても参考になった(撮影不可なので掲載できず)

下の写真は帰りの電車の窓から撮った。撮っている位置が前方部の裾だったはずで、そこまで墳丘が続いていたはず、つい100年前までは・・・

そして70年前には高射砲(指令所)があったはず。

f:id:massneko:20140914150211j:plain