墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

刀剣博物館 東京都墨田区横網

江戸東京博物館で「発掘された日本列島2018」 を見た後、近くの旧安田庭園(入場無料)へ向かった。

池の対岸には今年(2018)1月にオープンしたばかりの刀剣博物館。渋谷区代々木4丁目から移転してきた。

 

3年前に来た時には大正15年竣工の両国公会堂(本所公会堂)が存在した。老朽化で10年以上閉鎖されたままだったが、外観は美しく残っていた(2015/5)

f:id:massneko:20150505130415j:plain

http://massneko.hatenablog.com/entry/2015/05/07/193000

 

新しい建物の設計は槇総合計画事務所。設計事務所のサイトによれば、「旧両国公会堂の佇まいを継承し、池に向かって張り出した円筒部とその両側の翼部からなる構成」としたそうだ。

http://www.maki-and-associates.co.jp/details/index_j.html?pcd=155

 

解体される前に中を見学したかった(2015/5)

f:id:massneko:20150505125743j:plain

 

旧安田庭園と刀剣博物館の敷地は区切られているが、庭園の北西端に行き来ができる門が造られていた。

 

博物館の入口は回りこんだ反対側にある。

 

渋谷区時代にも一度訪ねた。 昭和の雰囲気が「いい感じ」で残っていたが、跡地はどうなっているのだろう(2016/10)

http://massneko.hatenablog.com/entry/2016/10/21/000000

 

新しい建物は開放的なエントランスホール。自販機のカフェ、ミュージアムショップなどもある。

入館料は一般1000円。渋谷区時代は600円だったが、ぐるっとパス(2200円)で入館できる。

https://www.rekibun.or.jp/grutto/

 

カフェ横の扉の先は旧安田庭園の緑。 

 

外には出られるが庭園側へは進めない。

 

展示室は3階で階段かエレベータを使う。

 

階段の側壁の鋭角は刀がイメージされたのか。

 

3階も屋外に出られるようになっていた。

 

目の前に旧安田庭園。右奥に国技館、左に江戸東京博物館。 

 

西側には隅田川の水面も。

 

背面のカマボコ形の内部が展示室になっている。

展示室内は撮影不可。妖しい光を放つ太刀や刀、見事な刀装具などが展示されている。

 

見ていて、刃を下にして飾る「太刀」と、上に向けて飾る「刀」との違いが気になった。

公式サイトによれば、腰に付けたときにカーブが下に膨らむのが太刀で、上に膨らむのが刀のようだ。

太刀:平安後期から室町前期まで、腰に佩いて(はいて=吊るして)用いたものでで反りが高く、刃長はふつう2尺3寸~6寸(70~80cm)

刀:室町中期から江戸末期まで使用され、太刀とは逆に刃を上にして腰に指し、刃長は2尺(60.6 cm)以上あるが太刀よりはやや短い

https://www.touken.or.jp/museum/sword/making.html

 

見た目では長さの違いがわからなかったので、身に着けていない状態でどう区別するのかと思ったら、柄の中に入れられている刀身の「茎(なかご)」と呼ばれる部分に刀工が刻んだ銘の位置(左腰に着け、銘が外側になったときに刃が上か下か)で判断するようだ。

http://www.hyogo-c.ed.jp/~rekihaku-bo/historystation/rekihaku-meet/seminar/bugu-kacchuu/tk_intro1.html

 

古墳に副葬された大きな刀(直刀)は同じタチでも「大刀」と書く。

奥が深い世界。

発掘された日本列島2018 @江戸東京博物館・両国

6月3日、江戸東京博物館で開催中の「発掘された日本列島2018」を訪ねた。

 

会場は常設展示の一画(写真中央の下の階)

 

平成7年から毎年開催されている発掘資料の巡回展で、毎年8千件超の全国での発掘調査の中から特に注目された近年の出土品が選ばれて出品される。

地域や時代の拡がりも考慮されているようだ。今年は下記の24ヶ所の遺跡。

気になった展示をいくつかピックアップで。

 

今年の”センター”は特別史跡となった加曽利貝塚縄文時代中期~晩期(約5000~3000年前)の遺跡で、丁寧に埋められた「埋葬イヌ」の展示もあった。

 

新潟県津南町の本ノ木(もとのき)遺跡は縄文時代草創期(約15000年前)から出土した石槍。美しく、スイーツのように並べられていた。

 

こちらは"日本のポンペイ”、群馬県渋川市の金井東裏遺跡(5世紀中葉~6世紀初頭)で、鎧を着たまま火砕流に巻き込まれて亡くなった、古墳人のレプリカ。

 

失礼して後ろから。

 

横から。

 

頭の前から出土した衝角付冑。

 

上の方から。

 

近くから出土した鎧。小札(こざね)の細かい細工がわかる。

 

これまでに何度かエントリに書いたが、”レプリカの実物”を見たのは初めて。 

 

こちらは群馬県藤岡市の神田・三本木(じんだ・さんぼぎ)古墳群(6世紀後半)から。神流川(かんながわ)左岸の段丘上に立地する244基の古墳群で、平成23~25年度に東部の15基を発掘した調査で、埴輪列や珍しい墳丘の古墳が発見されたそう。

 

K-10号墳(径12mの円墳・6世紀後半)は土ではなく河原石を積み上げた珍しい墳丘。墳丘以外はこの地域の古墳と同じ特徴を持ち、同様の墳丘が4基あることもわかったそうだ。

 

そのK-10号墳の横穴式石室入口の東側に、武人2、巫女3、不明1の順で人物埴輪が立っていた。墳丘を取り囲む円筒埴輪も37個体、立った状態で発見されたとのこと。

 

島田髷の巫女さん1

 

乾杯する(?)巫女さん2

 

何かを差し出す(?)巫女さん3

 

髪型が面白い武人。

 

円筒埴輪を上のほうから。

 

こちらは奈良~平安期、武蔵国分寺跡の出土品。

 

以前に国分寺市郷土資料館で拝観した白鳳期の観音像に再会した。


 

そして本展の特集展示は「装飾古墳」

 

壁に写真プリントを貼って再現している展示は、福岡県桂川市の王塚古墳(前方後円墳・全長86m・6世紀中葉)

現地では年2回の特別公開や実物大レプリカがあるそうなのでいつか探訪したい。

 

説明パネルによれば装飾古墳は全国に600基以上存在あって多くは九州に分布し、横穴式石室など墓室の壁画や石棺に、線刻、浮彫、彩色などの方法で幾何学的文様や器材、動物、人物などの文様が施され、古墳時代の死生観や葬送儀礼の変化、地域差を知る上で極めて高い価値があるとのこと。

 

福岡県みやこ町の呰見大塚(あざみおおつか)古墳(6世紀後半)は平成21年に東九州自動車道建設工事に伴う発掘調査で発見された。

 

径13mの円墳。石室は全長7m・最大幅2m、複室構造で玄室からは耳環・管玉・ガラス玉、前室では須恵器杯・単鳳環頭大刀・鉄鏃・馬具類などが右側壁側から集中して出土。
石室壁面には同心円文・円文・三角文が赤色顔料で描かれ、線刻による装飾古墳が集中する地域にある彩色古墳としての重要性が評価され、道路橋梁下で現地保存されている。 

 

精巧な、大刀の柄頭装飾。

 

肩に動物や小型壺の装飾がついた須恵器。

 

見事な玄門立柱。

現地保存とあるが、調べてみると平家蟹さんのサイトにて、埋め戻しになっている現状を知った。 

https://kofunoheya.blog.fc2.com/blog-entry-3085.html

 

ここからは写真パネル展示の5ヶ所。

はじめに福島県双葉町の清戸迫(きよとさく)横穴(7世紀前半)

 

昭和42年の小学校建設工事で見事な彩色の横穴墓が発見された。小学校建物右上斜面の屋根が入口だった。

ここは原発事故で立入禁止区域になっている。 

https://sp.hazardlab.jp/know/topics/detail/1/9/19090.html

 

こちらのパネルは福島県南相馬市の羽山横穴(はやまよこあな)6世紀末~7世紀初頭
太田川北岸の羽山丘陵にある約20基の横穴墓群の1基で、奥壁には人物・馬・渦巻文・長方形などの図柄が、側壁と天井部には珠点文が赤色顔料と白色粘土で描かれる。現在は保存施設が設けられているとのこと。

調べてみるとここは公開されていた。4月、5月、9月、10月の第2日曜日(但し、翌日が祝日の場合は祝日が公開日)10:00~12:00・13:00~15:00

http://www.nihon-kankou.or.jp/fukushima/072125/detail/07206af2170017629

今年の秋に訪ねてみたい。

 

こちらは宮城県山元町の合戦原遺跡(線刻のある横穴)7世紀後半~8世紀前半

東日本大震災復興事業に伴う発掘調査で発見された54基の横穴群で、38号墓の奥壁に人物・動物のほか、人物・動物・器材・家・葉などの多様な図柄が線刻で描かれていた。現在修復・公開に向けた作業が実施されているとのこと。

 

熊本地震の被害を受けた古墳が2ヶ所紹介されていた。

見事な石室の井寺古墳(嘉島町:5世紀末)は甚大な被害を受け、墳丘にも30cmの亀裂が出来てしまった。

 

熊本市の釜尾古墳(6世紀中葉)は白と赤に塗り分けられたきれいな石室を持つが石室入口の天井石が崩落してしまった。

古墳に関してだけ限定すれば、崩落時に見学者がいなかったのは幸いでした。

千数百年を経てきた遺跡ですので、未来に向けて復旧が進むことを祈ります。

 

2013年からこの企画展に通いだして6年目になりました。

過去の展示(の一部)

http://massneko.hatenablog.com/entry/2017/06/13/000000

http://massneko.hatenablog.com/entry/2016/07/07/183000

http://massneko.hatenablog.com/entry/2015/05/31/164927

http://massneko.hatenablog.com/entry/2014/08/17/000000

http://massneko.hatenablog.com/entry/2013/06/10/094016