墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

第一牧志公設市場界隈 沖縄県那覇市牧志・松尾

識名園を見学後、タクシーで国際通りへ向かい、「那覇まちまーい」ツアーに参加した。地元のガイドの方に案内いただけるツアーで様々なコースが設定されている。参加料金はコースにもよるが1000円と手頃。

今回はアーケード街散策ツアー「那覇の市場(マチグヮー)迷宮めぐり」を選んだ。

http://naha-machima-i.com/wp/?p=1383 

 

てんぶす那覇前に集合。(前日15時までに予約)

早めに着いたので、建物後ろの希望が丘公園のベンチで小休憩。 

 

上記の背面には、ちょっとした森が。

 

リュウキュウチシャの木という日本に100本程度しか残っていない天然記念物だった。

 

そこから西側に小径が入り組むアーケード街が広がるが、上から見ただけではわからない。

 

ツアーは平和通り商店街から始まった。他に御夫婦1組と、こじんまりしたグループで。

 

11時のスタート。街路はスムーズに歩けた。 

 

横道に入って路が盛り上がるのは、川跡を渡るから。 

 

暗渠になったガープ川の上にも建物が続いている。「水上店舗」の看板はその名残り。

 

ちょっとした角に小さなコーヒーショップがある。この店は、以前の商売の名残りが出ていた。

 

昔の看板がかかったままのところも多い。

 

行列があったのは「ポークたまごおにぎり」本店。

 

その先に、昨年7月に移転した第一牧志公設市場の仮設建物があった。

 

 魚も肉もあります。

 

大きなヤシガニも。

 

二階で食事も可。

 

市場の向かいの魚屋さん。夜はお酒も飲めるそう。

 

市場の先の風景。道の上に建物が。

 

ぐるっと回って、解体工事中の元の市場の場所へ。 

 

市場一画の西辺の通り。以前はここにもアーケードがあったそう。

 

その先の北西角。左の市場北側の道のアーケードも取り払われている。

 

北辺の通りを抜けて振り返ったところ。

 

北東の角。

 

市場中央通りは東辺。 

 

かつては市場中央通りから公設市場への入口があった。(2016年時点)

https://massneko.hatenablog.com/entry/2016/07/28/000000

 

その南側の一画の赤ちょうちんが既に賑わっていた(まだ午前)

 

ここの天井は、両側のビルからコンクリ軒が伸びている。

 

アーケードというよりガード下の雰囲気。

 

外から振り返って。看板の字が途中で切れています。

 

離れて見ると、結構大きなビルでした。

 

ほかにも魅力的な小径がいくつもいくつも。

 

えびす商店街は歴史が古く、アーケードの梁は木造。

 

距離の短さ(24歩)をアピールする通りも。

 

まちまわりツアーは、このあたりで終了。 迷宮をさまようのも良いですが、ガイドの方がおられると心強く、なにしろ情報量が多いので深い経験ができました。(上記の情報は、ほんの一部です)

那覇まちま~い、おすすめです。

 

ツアーが終わると、国際通り歩行者天国になっていました。

 

市場本通りの、国際通り側の入口。 

 

上記をズーム。結構な賑わいになっていました。

 

少し時間があったので、ガープ川上流の与儀公園へも行ってみました。

河津桜がきれいと耳にしたのですが、ほとんど咲いていませんでした。 

 

公園の一画に、なんとSLが。 

 

沖縄にD51

 

後ろから。

 

説明板がありました。

D51 222 静態保存の由来
沖縄の本土復帰(昭和47年5月15日)を記念して、北九州市日本国有鉄道門司鉄道管理局の有志の方々によって、沖縄の子供を招く運動が展開されました。そのとき那覇市内の小学校5・6年生72名が招待され、国鉄職員の里親のもとで8日間の楽しい生活を送りました。
はじめてみる九州の自然や暖かく迎えていただいた里親の心づかいに子どもたちは感激するとともに、身近に見た蒸気機関車の巨大さ、たくましさにすっかり心をうばわれ、口々に機関車がほしいと言い出しました。それを聞いた里親である国鉄職員の方々は、鉄道のない沖縄の子供たちのために、何とか九州を走っている実物の蒸気機関車を贈ろうということになりました。
ところが、鹿児島から海上600キロメートル隔てた那覇へ、多さ90トンのD51を運ぶことは高度の輸送技術と莫大な費用がかかりましたが、重量運搬についての経験深い業者の協力と、国鉄職員をはじめ全国の方々からの1400万円余の募金によって、無事その偉業が実現しました。
ここに展示されているD51 222は、このような経過のもとに贈られたものですが、関係各位の努力はもとより、沖縄を思う親愛の情の象徴としていつまでも大切に保存したいものです。(後略)

 

以上で、今回の沖縄シリーズ終了です。