墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

西山古墳 奈良県天理市杣之内町

前回の塚穴山古墳の見学後、南に隣り合う西山古墳へ向かった。

周りが開けていて、地表の樹木が伐採されているので、墳丘の形がきれいに見える。

 

西山古墳は日本最大の前方後「方」墳で、墳形はグーグルアースでも明白だった。

 

入口にあった解説板。

史跡 西山古墳
杣之内古墳群の内にあって盟主墓的な前方後方墳である。古墳時代前期に築造されたと推定できる。全長約183m、前方部幅約72m、後方部幅約94mの規模があり、全国の前方後方墳の中では最大規模を誇る。
古墳は後方部を東に向け、主軸を東西方向に置く。墳丘は第一段目が前方後方形であるが、第二段目は前方後円形となる特異な形態を呈している。
外部施設は葺石と埴輪が見られる。内部施設は竪穴式石室があったと思われ、鏡・鉄剣・勾玉・管玉の出土を伝えている。また古墳の周囲は濠がめぐっていたと思われる。
本古墳は布留川が平野部へ流れ出た南岸に築造され、要害の地を占めているものと推定される。
昭和2年4月8日 国指定史跡 
天理市教育委員会

 

1段目は前方後方形だが、その上に載っているのは前方後円形。

前方後方墳としては日本最大だが、ちょっと「もやっと」が残る。 

 

後方部の裾に「西山古墳」と書かれた標柱がある。

 

後方部の「角」

 

が、その上の2段目は、横から見ても丸く見えた。

 

一列になって墳丘を上る。わくわくする時間。

 

1段目のテラスから2段目へ。墳丘は3段築成。

 

後方部墳頂に到達。南東方向。

墳頂には柏原市芝山の板石が散乱していたことが知られていて、竪穴式石室が存在したと考えられているそうだ。

 

古墳の南側には天理中学校がある。

 

前方部のある西側方向。左の「古池」は古墳の周囲に巡っていた周濠の名残り。

平成12年(2000)、古池の護岸改修に伴って天理市教育委員会が行った発掘調査では、池内において前方部前面裾が確認されている。

 

縦位置で。全長は190mあって雄大。眺めも素晴らしかった。

 

パノラマで。前方部へ行く時間はなかったので後方部からのみ。

 

かつての周溝は馬術部の練習場になっている。右の木立の奥に塚穴山古墳。

 

墳丘北側の天理高校(左)と天理大学(右)

 

墳丘から東側。

 

なんとなく三段になっているのがわかる前方部斜面。

 

馬の背に乗って、馬の背のような墳丘のラインを眺められる! 

 

 

ちなみに、前方後円墳になるが関東でも190m級の大きさで美しい形を堪能できる墳丘がある(舟塚山古墳 @茨城県石岡市

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塚穴山古墳 奈良県天理市勾田町

前回のつづき。

ツアーで最初に訪ねた古墳は天理高校の敷地内にあった。 

古墳へはアーチェリー練習場を横切った先にある(右の高まり、並木の向こうが墳丘の一部)

 

在校生でも、練習中は古墳に近づけない。 

 

並木の向こうには、天井石が失われた巨大な石組み室が露出していた。

 

塚穴山(つかあなやま)古墳は径約65mの円墳だが、周濠と外堤を含めると径112mにもなる。石室は全長17m。玄室は長さ約7m、高さは3.6m以上。古墳時代終末期(6世紀末~7世紀初頭)の築造。

 

奥壁側から。

 

玄室の床面には平らな石材が敷き詰めれれている。

 

玄室の壁面沿いには幅20cm程の溝が設けられている。

 

石室への入口の先には周溝と外堤が廻る。左上の木々の先・南側には西山古墳。塚穴山古墳より200年以上遡る古墳時代前期(4世紀)に造られた前方後方墳

つまり塚穴山古墳は、前からあった西山古墳の堤を取り込んでいる。

 

回り込んで石室へ。

 

近づくほどにその大きさに圧倒される。

 

花崗岩の巨石で造られており、最大のものは石ひとつで幅が6mもある。

 

2段に積まれた奥壁の巨石。

 

その右側の角。左は奥壁で手前に迫り出しているのがわかる。

 

再び羨道入口から。玄室奥から羨道を通って周濠まで続く暗渠が構築されていたとのこと。

 

手前にいる方の左右の岩が玄門で、そこから手前が玄室、その向こうが羨道になる。

 

そこから振り返って北側。墓地があるのも墳丘上。墳丘の北半分は善福寺の敷地。

 

グーグルアースで。円墳の形がなんとなくわかる。 

 

墳丘から西側。天理市街へ向かって緩く下っていく斜面に築かれていることがわかった。

 

塚穴山古墳の石室全長17mは、石舞台古墳の19mに近い規模。

墳丘は前者が直径65mの円墳、後者が一辺55mの方墳。

蘇我氏の本拠にあって蘇我馬子の墓とも伝えられる石舞台古墳に対して、ここ物部氏の本拠にある、石舞台に匹敵する規模の墓に眠るのは・・・

 

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