雄略天皇陵古墳(島泉丸山古墳・島泉平塚古墳)の周囲を歩いた後は、900mほど北東の津堂城山古墳へ。
前方部先端近くのコインパーキングに停めて、古墳公園内へ。
周溝も含めた盾形の広いエリアが整備・公開されています。

前方部の先端側。「城山」の名のとおり、室町時代に山城が造られ改変を受けています。

勢いのある樹木。

前方部左隅から。

樹木の下に、前方部が隠れていました。

前方部を側面(南西)から。

雄大な墳丘に上がります。

前方部の先端。山城築城時の改変で、先細りになっています。

木々の間から見えた眺め。

前方部先端側を、少し引いた位置から。

そこから振り返った後円部方向。全長200m超は雄大です。

くびれ部あたりからの後円部。柵の内側が宮内庁管理(陵墓参考地)です。

立札あり。

柵は後円部裾の先端まで続いていました。

そこから右(北)に視線を移して。

柵の内側の様子。このあたりから、巨大な長持形石棺が出たのでしょうか。

前方部方向を。

くびれ部あたりまで下りて、前方部方向を。

藤井寺市のサイトには、詳しい解説(経緯)が掲載されています。
河内の地に初めて築かれた大王墓には誰が葬られたのか、とても気になりますね。
つづく。
2025年11月下旬訪問