行者塚古墳からは南西に1.5㎞ほどの念仏塚1号墳を目指しました。
台地の南端の立地ですが、台地上はぎりぎり背後まで工場が、さらに後ろには陸自の演習場があったのですね。
左の道路奥のガードの向こうに佐奈川の流れ。

上記から右にはアイシンシロキ(株)の正門が見えていました。

検索して、東京日本橋にあった百貨店「白木屋」の子会社として昭和21年に創業した会社だったと知りました。
会社の看板の後ろにあった、念仏塚1号墳の説明板。

豊川市指定史跡 念仏塚1号墳
昭和42年4月1日指定
この付近には、かつて8基からなる念仏塚古墳群(日吉原古墳群)がありましたが、現在ではこの1号墳を残して他はなくなっています。
このうち3基が前方後円墳であることや、埴輪をもった古墳が多いことなど、この地域の古墳群としては特異な存在といえます。
1号墳は全長30mの前方後円墳で、規模は大きくありませんが、良く保存されています。
5世紀の後葉から6世紀の初めにかけて造られた古墳群とされています。
平成15年2月10日 豊川市教育委員会
説明板から右へ回り込むと入口が。

右の工場側では工事進行中。

すぐに左手に墳丘が見えてきました。

これは前方後円墳の鞍部の曲線美ですね。

そこへ上がって後円部側を。

後円部に立っていた古墳の標柱。

後円部から前方部を。

鞍部から前方部。

現在の前方部先端。

墳丘の左斜面に降りて見上げた後円部。

墳丘左側面をパノラマで。左が後円部、右が前方部。

後円部裾から。右奥へ前方部。

説明板のとおり、「良く保存されて」いる墳丘でした。ぎりぎり”土俵際”で頑張っている感じですが、今後も末永く残ってほしいです。

こちらのサイトを見ると、念仏塚古墳群の特徴は「小規模な前方後円墳が近接して存在する」ところにあり、特に5号墳では力士や胡座の人物、島田髷の頭部、足玉をつけた脚部など多くの人物埴輪が出士した、とありました。
力士の埴輪は、豊川市のサイトで写真が見られます。
この日の最後に訪ねた、桜ヶ丘ミュージアムで見た特別展「埴輪大相撲豊川場所」で現物を拝見しました。
会場に掲示されていた念仏塚古墳群のパネル。こんな風に集まっていたのですね(現在は1号墳以外は消滅)

2025年10月中旬訪問