大塚南古墳の後は口明南塚古墳へ。

口明南塚古墳は径23mの横穴式石室をもつ円墳で須恵器や金銅装馬具が出土。馬越長火塚古墳(6世紀末葉)→大塚南古墳(7世紀初頭)→口明塚南古墳(7世紀前葉)に造られたことがわかっており、東海地方の古墳時代後期から終末期にかけて3世代にわたる首長墓系譜の変遷を追うことができる、貴重な事例となっているそうです。


馬越長火塚古墳の前方部先端側の小径を北西にちょっと進んだこの奥です。

上記を右へ行き、左に入ると、段のような墳丘がありました。

裾に気になる石材。

墳丘上は、たわわに実る柿畑でしたので、ここで戻りました。

そのあたりから振り返った南東方向。

平らに整備されたところが前方部、左の木立の中に後円部。

南側の小径から見た墳丘。

↓こちらで発掘調査時の写真が見られます。後世に多くの石材が、城の石垣造りのためなどで抜き取られてしまったようです。
一応グーグルマップでも(発掘調査時の写真が投稿されていて、様子が判ります)
2025年10月中旬訪問