墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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宮西古墳(馬越北山古墳群) 愛知県豊橋市石巻本町北山

馬越北山古墳群には石室を覗ける宮西古墳があります。

 

駐車場前から東へ、ほんの50mほどの道路沿い。

 

道路に迫り出す墳丘。

 

その説明板。

豊橋市指定史跡 宮西古墳
1基 昭和61年3月28日指定
宮西古墳は古墳時代後期(およそ1,400年前)に造られました。
直径約12m、高さ約2mの円墳(石室の入口付近は道路によって削られています)で、内部には横穴式石室と呼ばれる石積みの棺をおく部屋が造られています。
石室内は昭和54年8月に発掘調査が行われ、ガラス製勾玉・琥珀製棗玉・ガラス製丸玉・耳環などの装身具、大刀・鍔・刀子・鏃などの鉄製品、甕などの須恵器が出土しています。
古墳時代後期には、数多くの古墳が限られた地域に集中して造られることが多く、これらは群集墳と呼ばれています。宮西古墳も、馬越北山古墳群と呼ばれる十数基からなる古墳群のうちの一つです。なお、宮西古墳のすぐ後の山の斜面には、これらの円墳が数多く残っています。
豊橋市教育委員会

 

開口部正面から。

 

扉左下の解説には、道路が墳丘を3m以上削っていたことが記されていました。

失われた石室の一部
宮西古墳の南側は道路を造った時に一部削られたといわれていました。
確かに、横穴式石室は南側が途中で途切れています。
下水道の設置工事にともなって道路の中央を発掘調査したところ、かつて失われた横穴式石室や墳丘の盛土の一部が見つかり、古墳は3m以上削られていることがわかりました。

 

柵の間から中を。

 

奥壁をフラッシュで。かなりの平滑さです。

 

宮西古墳について検索していたら、来る12月6日(土)に「第6回石巻古墳ウォーク!」が開催されることを知りました。

往復はがきでの申し込み(申込み可能期間:11/4~20)で抽選かもですが、参加賞に馬越オリジナルタンブラーもいただけるとのこと!

チラシを見ると馬越長火塚だけでなく、宮西古墳も石室内部から扉の開いた写真が載っているので入室できるのではないでしょうか。

「第6回石巻古墳ウォーク!」のお知らせ | 豊橋市美術博物館

 

チラシ↓

https://toyohashi-bihaku.jp/wp-content/uploads/2025/10/%E7%AC%AC%EF%BC%96%E5%9B%9E%E7%9F%B3%E5%B7%BB%E5%8F%A4%E5%A2%B3%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%AF%EF%BC%81%E3%83%81%E3%83%A9%E3%82%B7.pdf

 

宮西古墳の右隣に馬越北山古墳群の説明板がありました。

馬越北山古墳群
宮西古墳の背後にある山の斜面と尾根の上には、10~20mほどの11基の円墳が密集しています。このように小型の古墳が集まるものを群集墳とよびます。
馬越北山古墳群は、6~7世紀に築造された群集墳で、ある一族の代々の墓域であったと考えられます。

 

その裏から入るとすぐに円墳一基。

 

墳頂は凹んでいます。

 

そこから斜面上方を見ると、さらに数基ありますが、ここから見るだけとしました。

先に歩いた尾根筋から見下ろした斜面下のあたりです。


このすぐ北(右)に回り込んだ素盞鳴神社に行くと境内脇で2基見学できるようです。しかし、このとき自分は長火塚古墳群を一巡りして、ひっつき虫(植物)の洗礼を受けた後だったので、(心の)余裕がなくスルーしました。

 

ふっき~さんが訪ねられています。

愛知県豊橋市石巻本町 馬越北山古墳群4号墳・5号墳・6号墳・8号墳 | 古墳探訪

 

※追記

検索していたら、こちらに過去の石巻古墳ウォークの資料がありました。馬越北山古墳群の全体の測量図もあって、どれが何号墳かがわかります。

https://toyohashi-bihaku.jp/wp-content/uploads/2022/01/040122%E7%AC%AC%EF%BC%92%E5%9B%9E%E7%9F%B3%E5%B7%BB%E5%8F%A4%E5%A2%B3%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%AF%E8%B3%87%E6%96%99.pdf

 

2025年10月中旬訪問