墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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釜蓋遺跡公園 新潟県上越市大和

10月25・26日の土日、再び今度は仲間と上越市を巡るツアーを行いました。

前回シリーズでご紹介できていなかったポイントをいくつか…

まずは北陸新幹線の上越妙高駅南口の釜蓋(かまぶた)遺跡から。

 

駅から100mちょっとのところが遺跡公園として整備されています。

 

総務省のサイトには「新幹線駅から徒歩3分、「駅近」の遺跡公園」との紹介が。

「釜蓋遺跡」は上越妙高駅周辺の土地区画整理事業に伴う事前調査で2005年秋に発見された比較的新しい遺跡で、その後、公園として整備されました 。弥生時代末~古墳時代初期の環濠集落跡で、当時の上越地方の中心的集落だったと考えられ、近接する吹上遺跡と妙高市の斐太(ひだ)遺跡と合わせて「斐太遺跡群」として国の史跡に指定されています。 

集落を取り囲むように幅2~3m、深さ約2mの3条の環濠が確認されています。舟を使って環濠から関川、日本海へ抜け、遠隔地とも盛んに物資の流通を行っていた様子が想像されます。一辺12.4m、広さ約150㎡もある大きな竪穴建物跡も見つかり、地域を支配する有力者の住居だった可能性も考えられます。

(後略)

https://dx-navi.soumu.go.jp/diary/047

 

ガイダンス施設前の説明板。

 

別の説明板は、”ヒスイの勾玉”がキーワードですね。

1800年前の人たちも見ていた風景
みなさんの目の前にそびえる青田難波山(あおたなんばさん)や籠町南葉山(かごまちなんばさん)から流れる青田川は、山から土砂を運び、平野への出口に傾斜のなだらかな土地をつくりました。弥生時代の人たちはこの地形を利用して約2,200年前に吹上遺跡で米づくりを始め、ヒスイの勾玉をたくさん作りました。そして、この地域の中心となっていったと考えられます。その後、地域の中心は、斐田(ひだ)遺跡、窯蓋(かまぶた)遺跡へと移りました。
釜蓋遺跡から北を向かうと日本海へ出ます。日本海を通じて北陸地方などへ行くことができます。また南側は妙高山や黒姫山、飯縄山のすそ野を進むと、長野方面へ抜けられます。吹上・斐田・釜蓋の3つの遺跡は、北陸地方を長野地方を結ぶルート上にあって、人が行き来する交流の場でもありました。

 

さらにわかりやすい説明板。柵の奥が遺跡エリア。

 

山座同定ができるのは嬉しいです。

 

ぴょこんが妙高山。

 

前回来たとき(夕方、新幹線で帰る直前)は、妙高は雲の中でしたが、黒姫、飯縄が見えていました。

 

今回は朝、遺跡公園内を一周しました。環濠跡が砂利で表現されています。


たわわな柿の木。

 

そのあたりの濠は何度も掘り起こしで使われたことがわかっているそうです。

 

今は野原的ですが、将来的には建物なども復元されるのでしょうか。

 

ゴオッと音がして振り返ると、駅を通過する北陸新幹線。

 

上越妙高駅方向。

 

ここでは木の道具も出土しています。

 

種もみ用に穂が保管されたと考えられる竪穴建物の跡。

 

一回り15分ほどのコースでした。

つづく(ガイダンス施設は次回)

2025年10月下旬訪問