前回の高蔵寺の次は福島県に戻って須賀川ICを降り、和田大仏へ。
阿武隈川左岸で、右岸の水郡線・川東駅から徒歩20分の距離。
今回はバスツアーなので、目の前で降ろしていただけました。

参道のような石段の正面に石の大仏。

説明板もあります。

市指定史跡 和田大仏及び横穴古墳群
指定年月日:昭和44年5月30日
所在地:須賀川市大字和田字大仏
所有者:和田区
この大仏は、横穴古墳群が築造されていた崖面に彫り込まれた鎌倉時代の摩崖仏で、高さ約3.6mの大日如来(一説には阿弥陀如来)座像です。
伝説によると大仏は、大同3年(808)、弘法大師が諸国行脚のときに、この崖面に三鈷(杵の形をして両端にわん曲して分岐した三本の矛がついた金属製の仏具)をもって彫ったと伝えられています。
現在、大仏の乳部がえぐられていますが、昔、乳不足の婦女子が大仏の乳部を削って飲むと母乳の出がよくなるとの信仰からで、当時、人々の生活に密接なかかわりをもっていたことがうかがわれます。
この付近一帯は、古墳時代、石背の国の中心地であったらしくたくさんの古墳が点在しており、大仏の彫られた崖面にも数十基の横穴古墳が築造されています。これらは、阿武隈川流域を中心に支配していた豪族の墓跡と考えられています。
昭和63年5月12日建立 須賀川市教育委員会
上記にあるように、両胸あたりが縦に削られています。

青木先生の説明を聴く一行。

大仏に向かって左下、横穴がそのまま残っています。

下から参拝。

お顔のあたりをアップ。向かって左側の目(つり上がり気味の)の様子が、かろうじてわかります。

向かって右側には奥壁から彫り出されたような坐像。ここは横穴墓の再利用の雰囲気が感じられました。

他の横穴でも、横穴に石仏が彫り出されています。


仏像が彫られていない横穴も多数。

ぶれましたが、”普通の横穴”

その開口部からの景色。

横穴墓群があった場所に後から彫られた大仏ですが、新しく来た人々が先住者の墓域を再利用したというようなことではなく、大仏の施主は、そこに葬られた人々を祖先と思って石仏を付加したのではないかと、連続性を感じました。感想ですが。
2025年8月上旬訪問