墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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今里大塚古墳 京都府長岡京市天神

今回のエントリー、誤って写真のみで一度アップしてしまいました。

以下に更新しますが、駄文が無いほうがシンプルで良いよいようにも…

 

この日の最後に訪ねた場所が今里大塚古墳でした。

西向日駅から一駅、長岡天神駅で下車。徒歩15分ほど。

 

駅からバス通りを西へ進むと、左手に!

 

古墳ではなく、戦国時代に築かれた土塁(開田城跡)でした。

 

その先の団地を抜けた住宅街に古墳公園が整備されています。2、3台停められる駐車場有ですが、撮っていなかったのでストリートビューで。

 

まずは墳丘の一部が見えていた、こちらの細道へ入りました。

 

柵の向こうに石室開口部が見えています。

 

先へ進むと公園になりましたが、柵は続いています。

 

ぐるりと回ったところに説明板。

 

7世紀前半の大型円墳(径45m)ですが盾形の周溝を持っていて、前方後円墳の可能性もあるとのこと。

今里大塚(いまざとおおつか)古墳
天神5丁目(旧大字今里小字大塚)
今里大塚古墳は7世紀前半に造られた古墳時代の乙訓地方における最後の大型古墳で、被葬者は絶大な権力をもち、京都盆地北部を支配した豪族と考えられ、主帳簿として著名なものです。
現存する墳丘は直径約45m、高さ6.5mの円墳ですが、前方後円墳の可能性も考えられています。
墳丘の大半は盛土で造られ、周囲には盾形状をした濠を巡らしています。
古墳中央部の横穴式石室は棺を納める施設で、南東部に入口があります。通路(羨道)と棺を安置した部屋(玄室)に分かれ、床面には石組みの排水溝を設け、その上に石を敷き詰め、壁面や天井は巨石で囲まれています。
その構造は奈良県明日香村の石舞台古墳と同じで、乙訓地方の石舞台古墳といえます。また、玄室の規模は長さ5.5m以上、幅3m、高さ3.6mあり、京都府下でも京都市の蛇塚古墳・双ヶ岡1号墳に次ぐ最大級の古墳です。
棺は羨道で部材の一部が発見されましたが、組合せ式の家形石棺で、奈良県の二上山産の凝灰岩で造られたものです。
この古墳は長岡京造営の石材入手のために巨石や石棺の一部を持ち去ったことが発掘調査により明らかにされました。井ノ内稲荷塚古墳と同様に長岡京の造営が古墳に及ぼした影響を知る上で興味深く、貴重な資料でもあります。
平成13年3月 長岡京市

 

”乙訓地方の石舞台古墳といえる”、高さ3.6mの玄室の写真。現在は埋め戻されているようですが、見学できる日が来るとよいですね。

 

手前の園路右斜面は葺石のように整備されていますが、くびれ部になるのでしょうかね。円墳だとすると造り出し付き?

 

あずまやも整備されています。柵に内側に入れる日があれば、再訪したいです。

2024年4月下旬訪問