墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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鎧塚古墳(まいまい東海ツアー・後編) 岐阜県岐阜市打越

山裾の岩崎1号墳の見学後、一行は眉山山頂の鎧塚古墳へ。

 

麓の白山神社の一画にも古墳があるらしいです。

 

いよいよ登山開始。

テレビ中継局などの施設があるので車道がついていますが、一般車は入れません。

 

中腹に眺めの良いポイントがありました。

 

奥の山頂には岐阜城が!

 

40分ほどの登りで墳丘裾に到着。

 

鎧塚古墳の解説。4世紀後半の、全長82mの前方後円墳です。

岐阜市指定史跡
鎧塚古墳
昭和44年12月16日指定
岐阜市北部から南流してきた鳥羽川が、平野部へ出ようとする地にに眉山(標高231m)があり、頂上に鎧塚古墳がある。
鎧塚古墳は前方後円墳で、墳丘は後円部から強くくびれ、前方部の高さは後円部の高さより低い。葺石・埴輪があることがわかっている。内部主体は不明だが、竪穴式石室の可能性がある。江戸末期の盗掘に際し鎧が出土したが、その後埋め戻したという。遺物としては他に円筒埴輪の基部がある。築造時期は4世紀後半である。
全長82m
後円部直径33m
後円部高さ5.5m
前方部幅40m
前方部高さ5.0m~4.5m
昭和63年3月 岐阜市教育員会

 

柵は一応ありますがこの状態。すぐ先が後円部でした。

 

その、後円部の斜面。

 

右手を見ると周壕も。左の斜面が後円部です。

 

後円部墳頂の様子。樹林が密で、遠望はありません。

 

後円部上の三角点。地理院地図では231.2mとの記載。

 

祠と注意書き看板も。

 

現地で聞く解説は格別です。

 

後円部から前方部へ降りていく一行。

 

くびれ部から振り返った後円部。

 

前方部の上にはテレビ中継施設が載ってます。

 

建物前から振り返った後円部方向。長軸は北西(後円部)方向です。

 

前方部先端側ぎりぎりに設けられたフェンス。


ここからさらに特別な場所での特別な解説がありましたが、すべてここに書いてしまうのもなんなので、ツアー参加者の「特別な体験」であった、といたします。

 

下山して南側から振り返った眉山。

眉山(びざん)の名は江戸期に頼山陽が、眉を引いたように優美な山容に感じて名付けたと言われているそうです。

https://maimai-tokai.jp/event/to22b050/

 

山頂中央に見えている人工物の下が前方部、そこから左奥に後円部だと思います。

 

ガイドしていただいた薮下先生、引率していただいた木村様、大変お世話になりました。石室も墳丘も味わえた充実のツアーでした!

新たなコースが設定されたらまた参加します、ありがとうございました。