墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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東寺古墳 岐阜県本巣郡北方町一本松

前回の宗慶大塚古墳から2.5㎞東北東に東寺(とうじ)古墳のピンがあったので立ち寄りました。

 

交通量の多い、グリーン通り沿いにあります。付近に車を停められる場所はありません。

白い金網の左(西)側が「古墳」

 

金網の内側に説明板もありました。

史跡 塔寺(東寺)の古墳
町指定重要文化財
指定:昭和37年11月20日
かつて地下の東南に塔寺という寺院があったことから塔寺の古墳と言われている。広さ12m四方、高さ2mの上円下方墳で、4,5世紀頃の築造と言われてきた。しかし、昭和56年に町教育委員会が発掘調査をした結果、墳丘と考えられていた盛土は、人工によるものではなく、氾濫による堆積土の盛り上がりであると分かった。
盛土の頂には宝篋印塔があり、北方合戦の時に戦死者を葬った所とも云われている。このことより、ある時期に、古墓ー塚ー古墳と認識されていったものと考えられる。
出土遺物として素焼きの壺や小皿の一部、その破片多数、顕著な出土品は発見できなかった。(現所在不明)
北方町教育委員会 北方町文化財教育委員会

 

今、書き起こしをしていたら、墳丘では無いと。

まさかそんなパターンがあったとは…

 

通り側から入口がありました。

 

その時は古墳だと思っていた、その”墳頂”の様子。

宝篋印塔がありますが、解説にある「北方(きたがた)合戦」は、本能寺の変の後の戦いだそうです。

 

この石材は史跡を示す標柱の名残りでしょうか。

 

”墳丘”から、東側のグリーン通りを。

 

下記の「北方町ホリモク生涯学習センターきらり」のサイトには上円下方墳の表記が残っていますが…

きらりホームページ