けぼ山古墳は、鵜の部の半島の先端近く標高約40mに立地する、古墳時代前期に築造された全長60m程度の前方後円墳です。
まさに、灯台のような立地。
うのべ公園からアプローチします。
展望台から津田湾の眺め。
手前の施設は日本ドルフィンセンター。
イルカの背びれにつかまって泳ぐ体験もできる施設です。
実は十数年前の3月末に家族で来たことがあったのですが、子どもは怖かったみたいでちょっとトラウマになってしまいました…
昭和風のイラストマップ。中央上は讃岐津田駅。
展望台の後ろの枝道を右へ上ります。
鉄塔の手前で左に折り返します。
その先の行き止まり地点。左奥から来て振り返ったところ。
軽だったら転回できますね。
案内板あり!墳丘はここから50m。
先に現れたのは後円部。
墳頂には縄掛突起付きの石棺蓋「石室蓋石」が!
反対側から。
周囲には他にも石材が露出。
検索するとこちらの2010年10月の記事情報がヒット。
さぬき市教育委員会が墳頂の石仏(石室から16m西)の土台を調査した結果、最大で55㎝×70㎝の石棺破片3個と判明。元は全長2.2~2.5m・幅80㎝~90㎝と推定されるそう。
築造時の4世紀後半では木棺が大半で、石棺は首長クラスなど高位の人物に限られるので、このあたりに大きな政治的基盤があったことを裏付ける貴重な発見だったとのこと。周囲から壺形埴輪の破片も出土。
http://www2.odn.ne.jp/kofun/keboyama.html
木々の間から、名古島が見えました。
樹木が無ければ、瀬戸内海を航行する船から目立って見えるでしょう。
17㎞北の小豆島との間が、今でも瀬戸内の主要航路です。
後円部から前方部方向を。
鞍部あたりの石仏。
前方部へ渡って、振り返った後円部。
なかなか雄大な墳丘でした。wikipediaには全長61.8mとの記載。
※追記
墳頂の石板は石棺蓋ではなく、石室の蓋石であると、ふっき~さんの探訪記で知りました。
さらにそこでの平家蟹さんのコメントから、自分が9年前に千葉県の弁天山古墳で見たあの石材が石室蓋石であったことも改めて認識しました!