墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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旧花野井住宅 千葉県野田市清水

前回の岩名古墳へ行った時の様子です。

改札は地下にある清水公園駅を振り返って。

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緩く坂を上がると清水公園。その一部の小さい子エリア。

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ポニー乗り場もあります。

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そこと隣接して、国の重要文化財が。

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流山市から移築された、旧花野井家住宅。

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重要文化財 旧花井野住宅
指定:昭和44年6月20日
流山市前ヶ崎 花野井四郎氏寄贈
旧花野井住宅は、流山市前ヶ崎に所在していた古民家です。花野井家は、近世には軍馬の育成を目的とした幕府直轄の「小金牧」で牧を管理する牧士(もくし)を務めた家柄で、目付牧士にも任ぜられました。中世の城跡「前ヶ崎城」に隣接した高台に屋敷を構えていたことから、元来はこの城に関係した地侍であったと考えられます。
建物は、昭和46年に野田市に寄贈されこの地に移築したものです。桁行八間、梁間四間半の規模をもち、東半に板の間である「ひろま」「へや」、座敷である「おくのま」「なかのま」「しものま」が配され、西半に土間が設けられています。「ひろま」の前面を格子窓とし全体的に閉鎖性が強いことなど古風な手法を残していることから、建築年代は17世紀前半と推定されます。
千葉県下において保存状態の良好な古民家であり、牧士の住宅としても当地方を代表する建物であることから、国の重要文化財に指定されました。
構造形式:木造、寄棟造、萱葺き
規模:桁行15.451m 梁間9.108m 全高7.600m 平面積142.678㎡
野田市教育委員会

 

江戸時代初期の17世紀前半の古民家が、手入れをされて残っています。

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板壁と萱葺き。

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室内の様子。美しい床板。

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自然木を活かした梁。

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土間には現役の竈。

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建物周囲の芝生もきれいに刈りこまれていました。

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建物側から見た薬医門。

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清水公園のマップの最下部にも表示あり。

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通りを隔てた園内には金乗院の山門。

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桜並木を抜けると大きな本堂。

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駅からの道をそのまま進むと一旦台地を降ります。斜面の一部では「野田市こども館」の建設工事中でした。

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その先の商業エリアを抜けた住宅街。この端に岩名古墳がありました。

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