黒岩横穴墓を見た後は、南に2.5㎞の山の根古墳を訪ねた。 西に1.7㎞には吉見百穴もある。
ピンの位置の南西側の道路から。踏み跡があったので入ってみた。
草藪をかきわけていくと墳丘があった。
墳頂の様子。おそらく後方部上。
以前の企画展で見た「山の根古墳全測図」(北が左)
「朝霞から見る古墳の出現~方形周溝墓から古墳へ~」展(後編) @朝霞市博物館 - 墳丘からの眺め
後方部先端側(北側)と、思われる。
現地では前方後方形を実感することはできなかった。
検索すると、さきたま史跡の博物館のサイトの「第8号」の項に、調査事業を担当された利根川章彦氏による非常に詳しい調査研究報告書「吉見町山の根古墳の年代について」が掲示されていた。
上記によれば山の根古墳の築造時期は「4世紀のごく初期、場合によっては3世紀代に繰り入れることも可能性の範囲である」とのこと。
前出の朝霞市博物館の企画展では、山の根古墳から出土した端正な形の高坏も見ることができた。上記の報告資料によれば、形式は東海地域の元屋敷式土器の範疇に入るそうだ。
山の根古墳の70mほど東に、山の上2号墳がある。
間は荒れ地の谷地のようで直接行くのは困難だが、北側の道路からの枝道を入ると、お墓の背後に墳丘が見られた。
この北西40mに山の上3号墳があり、山の根古墳とともに3基で「山の上古墳群(山の根古墳群)」を形成しているとのこと。