墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

アサヒビール大山崎山荘美術館 京都府乙訓郡大山崎町銭原

今城塚古墳見学後は高槻市内のロイヤルホストで昼を食べ(満席で並びました)、北東に9㎞移動して京都府に入ってすぐにある、アサヒビール大山崎山荘美術館を訪ねた。

 

JR京都線山崎駅近くの駐車場に車を停めて、踏切を渡り、なかなか急な坂を登る(駅から無料送迎バスもある)

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踏切を振り返ったところ。

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坂下に掲げられていた絵図。ここは、天下分け目の天王山になる。

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天正10年(1582)本能寺の変の後、備中高松城攻めから戻った羽柴秀吉軍と、明智光秀軍とが、この山の麓と淀川との間の狭い地域(摂津国山城国との境)で激突し、秀吉が勝利した。

 

道路の途中の山側に、歴史街道ハイキングコースの案内板があった。

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左上の天王山山頂の項には下記の説明が。

「山崎の合戦」に勝利した秀吉は、山頂に天守閣を備えた山崎城を築き、大山崎を城下町としました。
この地で天下統一の第一歩をしるした秀吉は、翌年のしづか岳の合戦にも当地からおもむき勝利をおさめました。

 

その背面側には民家が並ぶが、一カ所更地になった「売物件」 の土地があり、眺望が得られた。

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さらに上ると美術館の入口。わざわざつくられたようなトンネルをくぐる。

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振り返ったところ。ここまで車で来ても戻るしかない。

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下の現在地から、敷地の南縁の道をさらに上っていく。

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踏切からは15分くらい登ってきて、エントランスに到着。

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美術館本館は、元は「大山崎山荘」は関西の実業家・加賀正太郎(1888~1954)が建てた別荘だった。

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欧州遊学経験がある加賀正太郎は、自身の設計で1912年から山荘建設に着手し、1917年ころに第一期工事(現在の本館玄関ホール部分)が完成、1922年から改造に着手し、現在の本館は1932年頃に完成したそうだ。

建築|アサヒビール大山崎山荘美術館

 

入館料は一般900円。

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玄関右側の壁面は、暖炉の煙道の外側にきれいな石が貼られていた。

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そこから左手、アーチの下に素敵なベランダ。

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室内は撮影禁止だったので、撮れる場所は限られていたが、外では美しい庭や景色を望むことができた。

左奥に続くガラス温室のような通路の先に、山手館「夢の箱」という建物(安藤忠雄設計)があり、企画展「生誕130年 河井寬次郎展 ―山本爲三郎コレクションより」が開催されていた(2021年3月7日まで)

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右手は「地中美術館」への入口階段室で、こちらも安藤忠雄設計。

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地下の展示室では、ゆったりとした空間で、モネの睡蓮などを鑑賞できだ。

所蔵品 一覧|アサヒビール大山崎山荘美術館

 

振り返った本館。2階の右手、緑のモミジの後ろにテラスがある。その上の窓は屋根裏部屋のものと思われる。

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その、2階テラスからは素晴らしい眺めが得られた。

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背後の建物は前出の公式サイトによれば、「イギリスのチューダー・ゴシック様式に特徴的な木骨を見せるハーフティンバー方式をとり入れ、鉄筋コンクリート造、屋根部分には鉄骨が組まれています」とのこと。

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加賀正太郎や加賀夫人が亡くなり、1967年に大山崎山荘は加賀家の手を離れ幾度かの転売を経ると、山荘をとり壊して大規模マンションを建設する計画が持ち上がった(1989年)が、地元有志が中心となって保存運動が展開され、京都府大山崎町から要請を受けたアサヒビール株式会社が山荘を復元し美術館として公開するに至った、とのことも公式サイトに記載されていた。

加賀正太郎はニッカウヰスキーの創業にも参画したが、晩年にはその株式を親交があった朝日麦酒株式会社(現アサヒビール株式会社)初代社長・山本爲三郎に託したという縁があったそうだ。

 

2階テラスから正面にみえる丘は石清水八幡宮が鎮座する男山。左の方から桂川宇治川、丘の後ろから回り込む木津川が、目の前で合流し、淀川となって右へ流れていく。 

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すぐ下の庭の木は、モミジが主体。もうすぐ真っ赤に染まるのでは。

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淀川が流れていく方向。奥のなだらかな山は生駒山でしょうか。

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右に振り返ると、隣の宝積寺の五重塔がちらりと。下は地中美術館階段室。

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公式サイトには室内装飾の写真も詳しく掲載されています。