墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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車塚古墳 山口県防府市車塚町

前回の鋳物師大師塚古墳の500mほど北西に、車塚古墳のピンが立っていた。 

防府駅から400m弱という駅近物件。

 

グーグルマップの御導きの通りに進むと、繁華街の真ん中に出た。 

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日曜日の昼間なので、猫もくつろぐ静けさ。

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ビルの後ろに木立!

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回り込むと神社があった。 

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入口には天御中主神社と車塚古墳の解説。 

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天御中主神社(車塚妙見社)御由緒
当社は推古天皇24年(625)の創建と伝えられ藩主毛利元就公も篤く崇敬され永禄4年(1561)3月5日の大祭に神社料を奉献すると書状を納めておられる由緒ある神社であります。
御祭神は
天御中主大神(アメノミナカヌシノオオカミ)
大国主命
宇迦能魂大神
猿田彦命
なお境内の小山は前方後円の古墳で、その中に与三郎稲荷として霊験あらたかな稲荷神社が奉祀されている。
防府市 防府市観光協会


車塚古墳
防府市指定史跡
昭和42年(1967)9月1日指定
車塚古墳は古墳時代後期(6世紀中頃)に築造されたと考えられる前方後円墳で、上から見ると、円形と台形が合体した鍵穴の形をしている。昔の車の形にも似ているので、「車塚」と呼ばれる古墳が全国的に数多く存在している。
この古墳は、神社社殿建設時に後円部からくびれ部にかけて大きく削平され、また外周部も一部削られている。築造当初は、長さ約60mの規模であったと考えられる。後円部と前方部のそれぞれに横穴式石室がある。いずれも玄室と羨道との間に前室を設ける構造で、四国や九州との関係が指摘されている。
佐波川流域では現存する最も大きな前方後円墳であり、その規模や構造などから、下流域を統率した首長の墓であると考えられる。
平成28年5月 防府市教育委員会

 

神社の拝殿。

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その左に開口部が! 

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囲いの外からしか見られないが。 

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ズームすると、崩壊防止の施策が取られていることがわかった。

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左袖石の手前石積みは後補か。

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近くにあった解説。

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車塚古墳
この古墳は、6世紀後半に造られた市内に残る唯一の前方後円墳です。古墳の南半分は、大内氏ゆかりの神社建設によって削られていますが、その大きさ(推定長約58m)は当時の瀬戸内地方でも有数の規模を誇ります。
人を埋葬する横穴式石室が後円部と前方部の両方に存在する県内で唯一の古墳です。
横穴式石室は、九州の影響を受けた複室構造と呼ばれるもので、四国(香川県西部)にも同様の石室があり、関連が指摘されています。
車塚古墳は、その規模や構造から、防府の地理的特徴やその後の国府成立を含めた当時の政治構造を明らかにする首長墓として評価され、防府市指定史跡になっています。 

 

前方部と後円部の両方に見事な石室がある。

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この、前方部の石室は全長8.2m以上。 

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前方部の先端側を回り込む小径があった。そこから前方部墳頂を。

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北側に行くと、先ほどの飲み屋街ビルの背面になった。

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そこから後円部方向を。右手前が前方部で北側側面となる。

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くびれ部は大きく削られていた。 

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後円部墳頂にはコンクリ補強が。 

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ぐるっと回り込んで南側へ。 

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そのあたりから南側を。

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上記に写っている鳥居の前から。

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後円部南側に設けられた社殿は、石室開口部に拝所があった。

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網目が細かくて石室を撮るのが難しい。玄室の小さな祠が写った。

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ノーフラッシュだと網目は写らないが、袖石の先は暗闇。

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前室と同じく8.2mの全長。こんな大規模な石室を2つも持つなんて。

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南側からパノラマで。右が後円部、瓦屋根の拝殿の左が前方部。

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拝殿の後ろ側。墳丘くびれ部がかなり削られていた。 

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そこから右の後円部。墳丘断面が露出。

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後円部のくびれ部側は土嚢が積まれていた。

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なんとか保全がうまくいくように、拝殿で祈念した。 

 

拝殿前にあった力石。

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エントリのために検索している今、つい最近に現地説明会があったことを知った。

車塚古墳発掘調査現地説明会を開催しました。 - 防府市公式ホームページ