墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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鬼ノ岩屋1号墳 大分県別府市大字北石垣

国指定史跡・鬼の岩屋古墳は別府市街の北側、湯けむり展望台の600mほど東にある。 

 

迷いながら枝道を入っていくと、上人小学校の敷地内に1号墳があった。

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墳丘は金網で囲まれている。 

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 近くの実相寺古墳群、速見郡衙推定地を含めた案内図。

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鬼ノ岩屋・実相寺古墳群とは
鬼ノ岩屋・実相寺古墳群は、春木川を挟んで約1㎞離れた2つの古墳群です。この2つの古墳群は6世紀後半から7世紀初頭のおよそ50年間という短い間に、当時としては県内最大級の古墳を立て続けに造りました。鬼ノ岩屋古墳群は筑後や肥後の影響が認められ、実相寺古墳群は畿内政権とのつながりが指摘されています。

 

郡衙と駅の想像図
鬼ノ岩屋・実相寺古墳群が造られなくなったのち、別府には速見郡衙が設置され、郡衙を中心に人とモノの交流が盛んに行われました。速見郡衙は2つの古墳群の中間にある八幡石垣神社付近にあったと推定されています。

 

 鬼ノ岩屋1号墳の説明板。

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国指定史跡 鬼ノ岩屋・実相寺古墳群(昭和32年11月28日指定)
鬼ノ岩屋1号墳

鬼ノ岩屋古墳群は、2基の円墳からなる古墳群です。2号墳が6世紀後半、1号墳は少し遅れて6世紀末~7世紀初頭頃に造られました。石室の構造や装飾壁画の存在などから肥後や筑後地方とのつながりが強い古墳群であると考えられます。昭和32年11月28日に国史跡に指定されました。

鬼ノ岩屋1号墳の特徴
鬼ノ岩屋1号墳は、直径約31mの円墳です。造られたのは6世紀末~7世紀初頭で、古墳の内部には、前室と玄室の複室構造の横穴式石室があり、加工した石を積み上げて石室が造られています。玄室には石屋形と呼ばれる肥後や筑後地方の特徴をもつ石のひつぎがあります。
1号墳装飾壁画の特徴
鬼ノ岩屋1号墳の装飾は、前室の側壁と袖石に描かれています。側壁には黄色の顔料で連続する山形門が描かれています。玄門の袖石には、黒色の顔料で三角形文とそれを囲むS字文様が描かれ、また黄色の顔料で靫(ゆぎ:矢を入れる道具)が描かれるなど被葬者(古墳の主)の人物像がしのばれます。

 

 回り込むと開口部が。

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しかし、 中は見えない仕様だった。

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説明板の写真。 奥が深い!

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前室に入ってからの玄室方向。入れる機会があれば再訪したい!

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「九州の古墳」によれば、1号墳の埋葬施設は複室横穴式石室で玄室長2.2mのやや横長の長方形。玄室壁の腰石は天井高の半分の高さがあり、奥壁前には寄棟屋根形の天井石を載せた石屋形が置かれる。

玄門上端部の一角には楣石を架け渡すためのほぞ状の切込みがあることから肥後北部地域の影響を受けたいることがわかるそうだ。

九州の古墳

九州の古墳

  • 作者:吉村 靖徳
  • 発売日: 2015/12/07
  • メディア: 単行本
 

 

大分県教育委員会のサイトには、360度を見渡せる動画が紹介されています。素晴らしいです。ぜひ、周囲や天井に視線を動かしてみてください(PC閲覧なら?)


国指定史跡 鬼ノ岩屋・実相寺古墳群【マイブンVR】