墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

百田頭古墳群5号墳 長崎県壱岐市芦辺町国分本村触

前回の兵瀬古墳の次は、グーグルマップ上ですぐ北西側(200mほど)に印が出ていた百田頭(ひゃくたかしら)古墳を訪ねた。

 

道路の西側、樹木の繁る丘裾を回り込んでいくと開口部が現れた。

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見た目は小さな入口だが一段下がってきれいな床面があり、奥へと続いていた。

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しゃがんだ位置から。

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奥壁も見えた。

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フラッシュで。

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しゃがみながら、そろりそろりと玄室へ。笹の根を注視しながら。

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フラッシュを焚くと、ドーム状に石が組まれた高い天井が現れた。

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コウモリも写った。

 

奥壁と同じ高さの石が側壁にも配置される。

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根が出たところは積み石が抜けてしまったようにも見えるが…

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奥壁に向かって右側壁。 

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玄室から開口部を振り返る。

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フラッシュで。

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その上部、玄門上の石積み。

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開口部は狭いが、立派な玄室だった。

 

現地に案内板等な無いが、壱岐風土記の丘古墳館に解説パネルがあった。

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百田頭古墳群 巨石古墳のまわりに築造された小さな古墳群

百田頭古墳群に築造されている8基の古墳の大きさは直径10~20mと小規模ですが、石室に一枚の石を側壁に用いる点や玄室をドーム状にし、天井を高くしている点など、双六古墳や笹塚古墳といった巨石古墳の石室を同じ構造をしているのが特徴です。
石室内からは刀身の他、馬具や鉄鎌等の副葬品が見つかっています。
これらの古墳は6世紀から7世紀にかけて壱岐を治めていた巨石古墳に埋葬された首長に関連する一族もしくは側近の有力者が築造したものを考えられています。

 

今、調べていて、額田大玉さんのサイト(古墳とかアレ・仮)にて、今回訪ねた古墳は5号墳で、8基から成る百田頭古墳群のうち、2号墳と6号墳も石室がきれいに残っていることを知りました…

http://kofuntokaare.main.jp/5goufun/page154.html

http://kofuntokaare.main.jp/5goufun/page189.html

 

壱岐市一支国博物館のサイトによれば、百田頭古墳群は6世紀後半から8世紀前半の築造で、5号墳の石室には船などの線刻があるとのこと。遺物としては刀身や馬具、鉄鎌等が出ているが、古墳群全体では武器や馬具類より農具関係のものが多いとのこと。2号墳からは刀身や耳環等が、7号墳からは馬具や耳環をはじめ琥珀玉や管玉なども出ている。

http://www.iki-haku.jp/museumInet/ikf/poiGet.do;jsessionid=7F04BB14317506E8290504FC15396254?id=1154