墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

沢田大塚古墳 岡山県岡山市中区沢田

前回の尾上車山古墳を見学した後は岡山市街の北側を横断して東に10kmほど、旭川百間川の間の独立丘陵・操山(みさおやま)の古墳群のひとつを訪ねた。

標高169mの操山から東に円山(138m)~笠井山(134m)が丘陵を成していて、地図を見ると古代児島湾の島だったであろうことがよくわかる。

この丘陵には約130基を擁する操山古墳群があり、古墳時代前期・中期で約30基、後期・終末期で約100基と、古墳時代を通して、山頂や稜線、斜面に古墳が築かれてきた。

前期では全長165mの前方後円墳・金蔵山古墳や1辺27mの方墳・旗振台古墳、後期では巨石が露出する八畳岩古墳、石室が二股に分かれる二股古墳、その他多数。

 

遊歩道が整備され丘陵全体が公園となっているそうだが、見て回るのは一日がかりになりそうなので、北麓にあって大型の石室を持つという沢田大塚古墳を選んだ。

 

丘陵の北側谷戸の集落にて車を停めて坂を上がっていく。

 

少し上がって振り返ったところ。

 

車道の脇に大塚古墳まで200mのサインがあり、細い枝道が始まっていた。

 

落ち葉の森の中を登って行く。

 

ところどころの大きな石が。

 

目を凝らすと岩の前に祠が。

 

石室石材のような雰囲気がったが、開口部は見当たらなかった。

 

さらに上がっていくと、道沿いに沢田大塚古墳が開口していた。

 

正面から。かがめば入れる、入室しやすい石室だった。

 

なかなか奥行のある羨道。

 

フラッシュで。

 

玄室には石仏が安置されていた。

 

フラッシュを使わせていただきました。奥壁の石積みは三段。

 

玄室天井石には巨石が2つ。

 

奥壁前から開口部。

 

フラッシュで。

 

横位置で。玄門は「片袖式」

 

天井部の様子。

 

岡山市のサイトによれば、沢田大塚古墳は径16m円墳で石室は全長11.4m、玄室長4.8m・幅2.4m、羨道長6.4m・幅1.7mで操山古墳群中では最大のサイズ。

奥壁部は巨石三段積みということは、吉備の三大巨石墳(こうもり塚・箭田大塚・牟佐大塚)に先行して築かれて築造時では吉備有数の大きさであった可能性が高いそうだ(3つの古墳の奥壁はいずれば一段、二段積みであることから)


一帯の旭川東岸は古代有力豪族である上道氏の拠点で、当古墳は「おそらく上道氏の古墳と考えられる」とも。

同じく上道氏の古墳である唐人塚古墳は隣接する賞田廃寺の建立へとつながると考えられているそうで、それと同様に当古墳は岡山市赤田にある幡多廃寺の建立へとつながる可能性が高いとのこと。

http://www.city.okayama.jp/museum/kofun3/04.html

 

被葬者の想定が、高い可能性で想定できる古墳は貴重です。

 

側壁の石の表情。

 

彫り残した筋のようにも見えた。 

 

玄門下あたりから。

 

羨道の中程から。

 

開口部前の小径をさらに上がるとするに車道に出た。 

 

大塚古墳まで30mの表示。軽ならここまで上がれると思うので、とても見学しやすい石室です。

 

 麓に戻り、墳丘があったあたりを見上げて。