墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

赤坂将軍塚古墳 長野県上田市殿城

前回の広山寺古墳から南に1.4kmの場所に、赤坂将軍塚古墳があった。

 

墳丘の北側に標柱と説明板と石碑が立つ。

 

その説明板。

市指定記念物(史跡)
文化財保護条例第五条の規定により左記の通り指定する。
種別:記念物(史跡)
名称:赤坂将軍塚古墳
所在地:上田市大字殿城字石矢1340番地
指定年月日:昭和46年3月10日
石室は羨首部を南西15度に向けて設け墳上のほぼ中軸線上にある玄室奥壁は巾いっぱいの大石2枚を重ね両側壁ともに大石3枚並びとしその上に平石の小口積みにしている。
羨道部も同じく3枚を横に渡し底部は平坦面で玄門近く羨道部は両側から鴨居のように石梁で通している。市内に所在する古墳時代の横穴式古墳の中で最も規模が大きくかつ完在している。
墳丘東西18m 南北17m
保存上の注意
・墳丘の崩壊を防ぐため墳丘上に上ることを禁ず
・墳丘上の樹木を伐採し古墳の保護を計る
・許可なく現状変更を禁ず
昭和43年4月25日
上田市教育委員会

 

墳裾を南側に回り込んでいく。

 

南西に向けて開口部があった。

 

梁のように石が架かり、上部にも開口部がある入口。

 

羨道にて、しゃがんで奥をのぞく。明るい!

 

羨道にも架かる石の梁。

 

その先には見事な玄室があった。

 

玄室の高さは2.9m、奥行5m、奥壁幅1.9m、中央部分の幅2.35m。

 

奥壁下段の石で高さ150cm以上ある。

 

奥壁から振り返ったところ。 

 

千曲川古墳散歩」で表紙写真に使われている光景。

千曲川古墳散歩: 古墳文化の伝播をたどる

千曲川古墳散歩: 古墳文化の伝播をたどる

 

 

羨道に向かって左の側壁。

 

反対の右側の側壁。

 

羨道に架かる梁(天井石?)

 

梁(?)の上の開口部から。

 

振り返った玄室内。太陽光がスポットライトのように差し込む。

 

この時点で11時20分(12月10日)

前出の「千曲川古墳散歩」の当古墳の項にて、この開口部は築造当初からのもので、アイルランド世界遺産ニューグレンジのように冬至の南中時の太陽光が奥壁に届くように造られていた(としたら面白いのではないか?)との仮説が紹介されている。

非常に興味深い説だが、墳丘を覆う土は元はもっと厚かったと思われるので、歳月で土が流出し露出した天井石が抜き取られたと考えるのがやはり自然のように感じられた。

 

 ニューグレンジは5年前に訪ねたが、大変感動した。


赤坂将軍塚の玄室に戻って、 梁(?)の下の羨道部を。

 

羨道部から外の世界を、しゃがんで。

 

墳丘のそばから西側をズームすると雪山の峰々が。中央のぴょこんは槍ヶ岳では。 

 

赤坂将軍塚古墳の位置。