墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

旧矢中家住宅(矢中の杜)・外観と庭 茨城県つくば市北条

平沢官衙から1kmほど西に、江戸時代から筑波山参拝の門前町として栄えた北条の町があり、その中心部に昭和初期に建てられた近代和風住宅・旧矢中邸が残っている。

 

通り沿いの壁にある案内。現在はNPO法人「矢中の杜の守り人」によって土曜日に一般公開が行われている。

登録有形文化財
「旧矢中家住宅」矢中の社
ここ「矢中の杜」は、北条出身の建材研究者であり実業家の矢中龍次郎氏が建てた豪華な近代和風住宅です。
約770坪の広大な敷地には、生活のための居住棟と、皇族方でも休息できる迎賓棟などが庭園に囲まれ残っています。
内部は格式が高く豪華な意匠が随所に見られ、また昭和初期の家具調度なども数多く残る貴重な文化遺産です。

 

通りから50mほど入ったところに門が。 

 

門を入った先の本館(居住棟)は斜面に立地していた。

 

大谷石の石壁は地下室。

 

かつては倉庫だった地下室。奥の部屋の天井に通気口があり、1階玄関との通風が確保されている。

 

古い自転車が置かれていた。

 

本館東側の側面。壁の黄色も珍しいが、外側に突き出た窓や二重の軒など、形も変わっている。

 

東側には石段があり、建物北側の庭へと続いている。

 

斜面を利用した石の庭。全国各地から取り寄せた銘石が組み込まれている。

当初は実際に滝が流れ落ち、池があったそうだ。

 

その前には本館の座敷。

 

L字型平面の本館の先には、別館(迎賓棟)

 

別館は一階部分が大谷石の外壁。

 

軒はやはり二重。

 

2階は全体が外側に突き出ている。

 

石の庭、というより石垣?

 

さらに斜面上側から。

 

別館を北側から。1階は鉄筋コンクリート、2階は木造という構造になっている。

 

公式サイトによれば、昭和13年(1938)から昭和28年(1953)まで、15年をかけて建設されたそう。

矢中龍次郎氏には「永年の研究、発明成果を適用し、木造のモデル住宅を作る」という想いがあり、伝統的な和風建築をベースにつつ自身の研究成果が反映された独特の構造や材料が取り入れられているとのこと。

http://www.yanakanomori.org/?page_id=156 

 

龍次郎氏には「皇族が休息できる迎賓空間をしつらえる」という意図もあったそうで、和洋折衷様式の室内、特に別館は絢爛豪華であり、しかも数十年も空き家状態であったにもかかわらず驚くほど美しい状態が保たれていた。

 次回・室内編へつづく。