墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

横浜市電保存館 神奈川県横浜市磯子区滝頭

前回のつづき。

旧根岸競馬場から直線距離だと西に1kmだが、米軍根岸住宅の南縁に沿うように大きく迂回した。旧柳下邸からなら徒歩11分。 

入口は国道16号の反対側にあった。

 

横浜市電」保存館は、かつての市電の滝頭車両工場、現在の市営バス営業所の敷地にある。

 

入口側の様子。細長い4階建て市営住宅の1階部分がミュージアム

 

 南側はバスの基地。

 

エントランスの先へ進むと建物の中に実物の市電が6両、すっぽり収まっていた。

横浜市電は昭和47年(1972)に廃止され、保存館は滝頭車両工場跡地に翌年開館、昭和58年に市営住宅1階に建て直されている。

 

中に入って椅子に座ることもできる。

 

型番が一番古いのは昭和3年(1928)に導入された定員75人の 500型。

 

木を多様した内装が美しい。

公式サイト(文末)には「市電が走っていた時代の時間と空気を感じていただけるよう再現しています」とあるが、その通りになっていると感じた。

 

床は車軸のあるあたりに膨らみが。

 

こちらは1000型だが、500型と同じく昭和3年の導入。

 

定員は120名で、初のボギー車(車体に対して水平方向に回る台車をもつ車両)だったとのこと。

 

その隣には昭和11年に導入された1100型。当初は対面席(3脚)も設けられ「ロマンスカー」とも呼ばれたそう。定員95人。

 

保土ヶ谷三渓園を往復する表示板。

 

座席は超ロングシート。 

 

運転席の背面。

調べていたら、久良枝公園で野ざらしだった1000型が2017年にきれいに修復された記事に行き当たってじんと来た。

http://hamarepo.com/story.php?page_no=2&story_id=6198&from=

 

1300型 は戦後の昭和22年(1947)に30両が製造された。定員120人。

 

1300型の横には停留所も再現。

 

別のタイプのものも。

 

1000型にあった中扉が復活。

 

使い込まれた部品。

 

金属の踏み板の網模様も磨り減っていた。

 

 昭和26年(1948)に導入した1500型は定員100人。

 

台車には防震ゴムが使われ、ブレーキには電気と空気が併用されるなど多くの新方式が採用されて乗り心地が良くなり、”ちんちん電車の決定版”といわれて市電廃止の最後の日まで走った車両だそう。

 

1600型は昭和32年(1957)に製造された最後の型。

 

出入口は4枚折り戸。

 

今使われていても不自然ではない姿。

Wikipedia横浜市電の項には、東京都電大阪市電などの車両が大量に他の路線に譲渡されたのに対し、横浜市電から他の事業者に譲渡された車両はないとあった。

 

運転台脇の補助席。

 

人は乗らない、お祭り・プロモーション用の”花電車”もあった。飾りの土台は無蓋貨車でこれを含めれば展示車両は7両。

 

モーターなどの機器類の展示も。

 

集電機構にも変遷がある。

 

その先の展示室も見応えがあった。最初は歴史資料など。 

 

横浜の歴史は吉田新田埋め立ての歴史でもある。

 

ブラタモリでも紹介されていたが、最近やっと位置関係がわかるようになった。

 

震災や戦災で甚大な被害を受けている。

 

最盛期の路線図。

 

鉄道模型のコーナーも充実していた。

 

吉村栄という方が40年かけて作り集めたOゲージで、多くは手作りの紙製ということに驚いた。

 

懐かしい車両が沢山ある。

 

大きなレイアウトのコーナーもあった。前面展望映像付き。

 

マイ模型を走らせることも可。

 

これだけ充実していて入館料は一般300円(来館時に市営バスでICカードを利用すると100円引き)

公式サイトの写真も素晴らしいです。

http://www.shiden.yokohama/