墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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「あこがれの明清絵画 日本が愛した中国絵画の名品たち」展 @静嘉堂文庫 東京都世田谷区岡本

10月28日の土曜日、その日から始まる明清絵画展の内覧会に参加する機会があり、静嘉堂文庫へ。

内覧会が始まる前に河野元昭館長・東大東文研の板倉聖哲教授・青い日記帳のTak氏による鼎談形式の講演会もあり、充実した時間を過ごすことができた。

 

※展示室内は撮影禁止ですが、下記の写真は美術館より特別に許可を頂いたものです。

 

明治になって欧米文化の波をかぶる前は、日本人が憧れる文化は中国・唐物(からもの)であった。室町時代には宋元の絵画・工芸が「東山御物(ひがしやまごもつ)」として「美のスタンダード」となったが、そこに新たに”明清絵画”が入ってきて江戸期の絵師たちの心を魅了したという流れもあった。

今回の展示では静嘉堂文庫が所蔵する花鳥画山水画の名品(公開は12年ぶり)が見られるというだけでなく、狩野探幽や谷文晁などの江戸期の著名な絵師たちが、いかに明清絵画に憧れていたかが、リアルにわかる構成になっている。

 

講演会の後、40分ほど板倉先生によるギャラリートークも。

 

左が張翬(ちょうき:生没年未詳)による山水図(15世紀、明時代)と、右が狩野探幽(1602年~1674年)による模本。

狩野探幽は膨大な「縮図」を描くことによって古画を学習したことが知られているが、同寸で残っている作品は大変貴重なのだそう。

直前のトークショーでは、館長から”日中の美意識の違いを見ていただきたい”とのコメントがあったが、見ていると逆に細かい部分までそっくりに、まるでトレースしたように描いているような印象を受けた。

 

こちらでは右の藍瑛(らんえい:1585年~1664年?)による秋景山水図(1638年)を、左に谷文晁(1763年~1840年)が模写している。下端の余白を切り詰めたりしているが、その他の構図や描き方は非常に近い。どちらも重要文化財

当然コピー機はないので手元に手本として残したい、そこに学んで自分の技を磨きたいと思ったのだろうが、憧れの作品をその通りになぞりたいという想いも感じられた。

 

左は明代の呂紀派による花鳥図。現在サントリー美術館で開催中の狩野元信展で出品されている京都・大仙院の「四季花鳥図」などの源流となるもの。

http://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2017_5/

右の虎図では、毛並みの描写に若冲が描く虎との共通点が見られるとのこと。

 

花鳥画では当館所蔵の沈南蘋(しんなんぴん:1682年~1760年?)の「老圃秋容図」(1731年)と、それを谷文晁派の画人が模写した粉本(個人蔵)が展示されていた。こちらの模本では真似たかった箇所とそうでない箇所とで、手の入れ方(抜き方?)が異なる様子がよくわかるようになっている。

沈南蘋の「老圃秋容図」の猫のアップはチラシ・ポスターに使われている。

 

 下図右は李士達(1540年頃~1621年以降)による秋景山水図。深山の奥へ奥へと誘う素晴らしい風景。

 

李士達の作品はもう一点(下の左)ある。オリジナルの方はくすんでしまっているが、この驟雨行客図は谷文晁一門の文人画家・高久靄厓(たかくあいがい」1796年~1843年)の模写により細かい部分もよくわかる。

 

下図右は王建章(?~1627年~1649年~?)による米法山水図(1627年)で「絖本(こうほん)」という下地に、左は倪元璐(げいげんろ:1593年~1644年)秋景山水図(17世紀)で「金箋(きんせん)」に描かれている。

絖本も金箋も特殊な織り方の絹で、光沢があるので墨が塗られていない部分が光る効果が出るとのこと。下から見上げると微かに反射していた。

江戸期の絵師たちにはこのような素材も憧れの対象になっていたそうだ。

 

文伯仁と伝えられる青緑山水図巻(1571年)

このタイプのケースだと画面に近づいて見られるのでありがたい。色鮮やかな風景を旅するように眺めることができた。

ほかにも書跡や文房具、焼物も含め計70点の作品が展示されている。

江戸期の画人の憧れに気持ちをシンクロさせてみるのも面白いのでは。

 

本展は12月17日まで。一般1000円。

公式サイト

http://www.seikado.or.jp/exhibition/constitution.html

 

東山御物は3年前に三井記念館での展示で感銘を受けた。

massneko.hatenablog.com