墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

北大谷古墳 東京都八王子市大谷町

久々の古墳エントリ。

9月のお彼岸の日曜日、八王子市の上川霊園へ墓参し、帰り道に八王子IC近くの北大谷(きたおおや)古墳を訪れた。

 

中央高速の南側になる。北に谷地川、南に浅川が流れる。それぞれ1km程度の距離。

 

北側からアプローチすると農園の入口となった。

 

「とうきょう元気農場」の東エリアで、農産物は都心の学校給食等に供給されているとのこと。

 

立派な桜の木があった。花の時期に来てみたい。

 

その先に、古墳らしき木立がある。

 

初めて訪れる墳丘に近づいていくときが一番ワクワクする。

 

柵で囲まれた中に墳丘らしき土盛がある。

 

道路に沿って周りを歩く。左が古墳のあるエリア。

 

南側に傾斜する丘の上に立地している。

 

進んでいくと説明板があった。

 

北大谷古墳は、東京都の指定史跡。

7世紀に築造された径39mの円墳で、全長10mの胴張り型の横穴式石室があるが現在は埋め戻されている。

東京都指定史跡 北大谷古墳
所在地:八王子市大谷町725
標識:昭和11年3月 指定:昭和30年3月28日
北大谷古墳は、八王子市域北部を東西に流れる谷地川右岸に立地しています。
この古墳は、古墳時代終末期の7世紀に築造されてもので、直径約39mの円墳と推定されています。全長約10mにおよぶ古墳の主体部(遺骸を埋葬する場)は、ブロックのように切り出した泥岩を積んだ切石積み横穴式古墳で、古墳および石室の規模は、同時期の都内の古墳のなかでも最大級ものといえます。また、、石室の平面形が、三味線の胴のように丸みをおびていることから、「三味線胴張り石室」や「胴張り形横穴式石室」とよばれています。
明治32年、木下止(しずか)氏をはじめとした地元有志により発掘されて以来、昭和8年の後藤守一(帝室博物館)、平成4,5年の東京都教育委員会の調査を含め3度発掘されています。
かつては、石室に屋根がかけられ、見学することができましたが、石材などの損傷がはげしく、現在は埋め戻されています。
古墳は有力者の墓という意味だけでなく、被葬者の地位を示すモニュメントともいえます。北大谷古墳の存在は、当時の有力者が八王子市・日野市域周辺にいた証といえるでしょう。
平成28年3月建設 東京都教育委員会

 

Wikipediaにも詳しい解説がある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E5%A4%A7%E8%B0%B7%E5%8F%A4%E5%A2%B3

 

こちらの方のブログ「虎箱!」には、昭和初期の報告書の貴重な写真や実測図が紹介されていた。

https://blogs.yahoo.co.jp/tramping826/50281191.html

 

説明板の先(右)へ進むと、囲いが無くなって入れるようになっていた!

 

斜面下から見上げる墳丘。

 

墳頂は明るく開けている。

 

歩いてきた道を見下ろす。

 

墳丘から北側の眺め。

 

パノラマで。

 

南斜面の木立側をパノラマで。 

 

墳丘上になにかの位置が記されていた。

 

墳丘は崩れてしまっていて、形状を把握するのは難しかった。

 

墳丘から降りて来た道を引き返す。

 

左手側の景色は牧場のような雰囲気だった。

 

クモの親子?

 

道の左右に広がる畑。

 

桜を南側から。

 

 農道の先を中央高速が走り、その先に下って谷地川になる。