墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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国史跡・鶯塚古墳 @若草山(三笠山)山頂 奈良県奈良市雑司町 

前回のつづき。

春日大社と若草山入口との間にある春日山林道。

「右 月日磐 左 鶯之瀧」

 

何気なく堰を撮っていたが、対岸を左に上がると月日磐 - Wikipediaがあることをあとで知った。

 

天然記念物・春日山原始林との碑。このあたり一帯の森も世界遺産の一部であることも、あとで知った。

世界遺産と無形文化遺産 文化遺産オンライン

 

月日亭という宿の入口があった。宿泊客はここまで車で来ることができる。

ご宿泊 | 奈良 料理旅館 | 月日亭

 

その右の道を進むとゲートになった。

 

山の中にも鹿さんがいる。

 

林道をジョギングする方も。

 

道沿いの石垣はかなり古いものでは。

 

斜面でふんばる杉の大木。

 

秋には林道が紅葉の葉で埋め尽くされるようだ。

春日山原始林|春日野奈良観光

 

かなり登ったところにある「出会いの三叉路」

左が若草山山頂あと500m、右は鶯ノ滝へ2.2km。

 

左へ向うと空が開けてきた。

 

舗装道路に出て、すぐ先が若草山駐車場。合流点には交番もあった。

 

奈良奥山ドライブウェイが通っている。

 

歩行者用の案内図も。「春日山最大の山桜」という表示に惹かれた。

 

駐車場脇の鹿の群れ。

 

本当は怖い鹿さん。

 

わくわくしながら階段を登る。

 

奈良の町を一望する眺めがあった。

 

正面の丘は若草山の二重目。三重の山並みがあるので三笠山ともよばれる。

 

中央は興福寺の五重塔。右には再建中の金堂。

 

若草山のゲートから入山できる時期は、この場所に着く。

 

後ろを振り返ると目指す墳丘があった。

 

国指定史跡 鶯塚(うぐいすづか)古墳

説明板があった。

史跡 鶯塚古墳

若草山の頂上に築造されたほぼ南面の前方後円墳で、全長103m、前方部幅50m、後円部径61mの規模である。二段築造の墳丘には葺石や埴輪がある。埋葬施設は明らかでないが、以前に前方部西南隅で石製斧や内行花文鏡などが出土している。

古墳の周辺には陪塚と考えられる円墳や方墳が3基確認できる。4世紀末に丘陵頂部に築造された典型的な前期古墳である。なお、清少納言の「枕草子」に記されているうぐいすの陵がこれといわれ、古墳の名もこれからきている。

昭和11年9月3日史跡指定を受けた。奈良県

 

築造時期については、こちら鶯塚古墳 - Wikipediaでは5世紀初頭とあった。

 

前方部の下端から。前方部を眼下の町に向けている。

 

前方部上から南側。

 

前方部上から後円部。墳丘凧揚げは見ていて気持ちよかった。

 

石碑の乗る後円部。

 

「鶯陵」の石碑。その先は北方向になる。

 

墳丘の三角点は標高342m。奈良盆地との標高差は200m以上ある。

 下記のサイトには「標高300m以上の古墳では我が国最大級」とある。

奈良公園へようこそ - 奈良公園ガイド::鶯塚古墳(うぐいすづかこふん)

 

標高では長野県の森将軍塚古墳(全長約100m)が490mと高い。見下ろす善光寺平との標高差は130mほど。
どちらも素晴らしい墳丘からの眺めだった。

 

鶯塚古墳から北側の眺め。

 

後円部からのパノラマ。

 

後円部北西側の裾。葺石や埴輪片がありそう。

 

周囲に打ってある杭で、グーグルアースで形がよくわかる。

 

石碑の後ろから前方部方向。

 

前方部左下の裾から。

 

同位置からパノラマで。

 

展望広場から一段下がった場所。これも陪塚の墳丘か。

 

帰り道。園路のカーブはくびれに沿っているようだった。

 

後円部を北側から。

下りの遊歩道はとても快適だった。

つづく。