墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

「画鬼・暁斎ーKYOSAI 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル」展 @三菱一号館美術館 東京都千代田区丸の内

河鍋暁斎(きょうさい)がジョサイア・コンドルが弟子入りした師匠だったということを展覧会案内で初めて知り、興味が湧いて行ってみた。

平日の夕刻(18時まで開場・金曜は20時)で、混雑のない状態で観ることができた。

 

小雨模様だったので地下の入口から。

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「菱」が目立つ美術館のロゴ。

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暁斎 を「ぎょうさい」とは読まず「きょうさい」と読むのは、それ以前の「狂斎」の号の「狂」を「暁」に改めたものである。

明治3年(1870年)に筆禍事件で捕えられたこともあるほどの反骨精神の持ち主で、多くの戯画や風刺画を残している。狩野派の流れを受けているが、他の流派・画法も貪欲に取り入れ、自らを「画鬼」と称した。

以上はWikipediaより

エレベータ前の大型ポスター。「狂ってたのは、俺か、時代か?」

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別の図案のポスター。「俺にゃ日本は狭すぎる!」

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エレベータ1階出口から見える中庭。バラが雨に濡れていた。

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下は公式サイトの展覧会の見どころより(部分)。

暁斎 (かわなべ きょうさい、1831-1889)は、幕末に生まれ、6歳で浮世絵師歌川国芳に入門、9歳で狩野派に転じてその正統的な修業を終え、幕末明治に「画鬼」と称され、絶大な人気を博した絵師です。一方、三菱一 号館を設計した英国人建築家ジョサイア・コンドル(1852 -1920)は、政府に招かれ明治10(1877)年 に来日、日本の近代建築に多大な功績を残しました。彼は日本美術愛好家でもあり、暁斎に弟子入りして絵を学び、師の作品を海外に紹介しました。

 

以下はパンフにあった「暁斎とコンドルの交流」から

ーコンドルと暁斎の接点

明治14(1881)年、上野で開催された第2回内国勧業博覧会は、29歳のコンドルが設計した上野博物館の本館が会場となりました。暁斎はこの博覧会に4点の作品を出品し、そのうち「枯木寒鴉図」が、伝統的書画の分野で最高賞にあたる妙技二等賞を受賞しています。ユーモラスな戯画で広く知られた暁斎でしたが、正統的な肉筆画でも高く評価される機会となったのです。この年、コンドルは50歳の暁斎に弟子入りしています。おそらく博覧会の出品作品を観たことが、きっかけとなったのでしょう。

ーコンドルと暁斎の交流

コンドルと暁斎は20歳以上も年齢が離れていましたが、その交流はとても親密なもので、二人は何度か写生旅行に出かけています。明治18(1885)年8月1日の「暁斎画日記」には、彼らが上野駅で待ち合わせて日光方面に旅立つ姿が描かれています。暁斎の「日光地取絵巻」をみると、様々な名所旧跡を回り、とくに彼が日光の滝に注目して描いていたことがわかります。また、このとき宿で描く暁斎の姿をうつした、コンドルの写生が残されています。

ーコンドル旧蔵の暁斎作品

二曲一双となる屏風絵「大和美人図屏風」は、暁斎53~54歳の作品です。本作は、弟子コンドルのために暁斎が「およそ6ヶ月もの間精力を集中して描き上げたもの」(コンドル著「河鍋暁斎」)であり、背景の屏風には日本の稲作の様子が丁寧に描かれ、漆器や畳など日本独特の文化が余すところなく描き込まれています。コンドルは師からの贈り物を生涯大切にしました。

 

展示替え(8/4から後期)を含めると135点と展示作品は多い。

 

展示構成の前半部分はコンドルとの交流を中心に、後半は美人画、山水画、舞台絵、道釈人物画、妖怪画、そして春画まで、迫力のある作品群を一気に観ることができる。

解説に「6歳で浮世絵師歌川国芳に入門、9歳で狩野派に転じてその正統的な修業を終え」とあるように、早いうちに画描きとしての技術を身に付けたような印象で、すべての画に隙がなく「確固とした上手さ」が感じられた。

NYメトロポリタン美術館所蔵の動物絵等の作品群が里帰りしているが、動きが止まっているようなその完成版も、ともに並べられた河鍋暁斎記念美術館所蔵の下絵の線は活き活きと動いているようだった。

また、人物スケッチの画帳はさまざまなポーズをとる人々が描かれていて、北斎を見ているようで、暁斎北斎のように天才肌の絵描きであったことが感じられた。

 

個人的に興味を惹かれたのは暁斎絵日記。コンドルと日光へ行ったときの様子などが素早い筆さばきで描かれているが、そこに旅の雰囲気が現れているようで観ていて楽しい気分になった。

コンドルについては、現在東博がある場所にかつて建っていた上野博物館の立面図や鹿鳴館の階段の一部(実物)など建築関係のものの他に、暁斎に師事して描いた日本画「霊照女・拾得図屏風」(上手!)なども展示されていた。

コンドルが暁斎を描いた絵は後期の展示となるようなので、後期にまた来たい。

 

3階の廊下からガラス越しのレンガ壁。

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中庭の彫刻とバラ。展示室がいくつかに分かれており、途中廊下から景色が見えるのので気持ちよく鑑賞できる。

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作品ディスプレイと一緒に写るポイントも用意されていた(のでカメラは持ち込んだ方がよい。展示室内は撮影不可だが、廊下や階段は可)

絵は後期展示の「惺々狂斎画帖(三)」の部分。

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細めの鉄骨で組まれた優美な階段。

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こちらは広いスペースをゆったり使った階段。

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東京国際フォーラム側通りに面した出口のドアと天井。

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扉のそばには銅製のコンドルさんが座っていた。

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前期は8/2、後期は9/6まで。

「地獄極楽めぐり図」のみ7/12(日)まで(カラフルな地獄に陸蒸気のような乗り物があって、小さな画面ですが見ごたえありました)

 

大人1500円