前回のつづき。
旧小澤家界隈から海岸の方向に向かって歩いていくと上り坂になった。
ここが日和山(ひよりやま)だった。
階段下の説明板。
新潟日和山 水先案内 水戸教(みときょう)発祥地
江戸時代の和船は、雨や風の影響を受けやすい構造だったので、航海には常に危険が伴いました。そのため、船頭は湊に近く見晴らしのよい高台で、日和(天気)の良し悪しを見て、出帆を判断しなければなりませんでした。
また、河口に位置する新潟の湊は、「かんぬき州」と呼ばれる浅瀬ができやすかったので、それを避けるため、船の水路(水戸)を教える水先案内人(水戸教)が必要でした。そのため、町の北端にあるこの高台の上に船見櫓を設け、日和や船の出入りを観測していたのです。
このように日和山は、新潟湊にとって「管制塔」の約割を果たす、重要な場所でした。頂上には、方角を知るための「方角石」、湊に入る目印となる「日和の松」、航海の安全を祈願する「住吉神社」の3つの宝が設けられています。
中段には、さまざまな碑と説明板が立ち並ぶ。
簡素な鳥居に立派な注連縄。住吉神社も簡素だが瓦屋根が載る。
Wikipediaで見ると、同名の山は全国に13ヶ所あった。
日和山(ひよりやま)は、日本各地にある山の名前。船乗りが船を出すか否かを決める際に日和を見る(天候を予測する)ために利用した山で、港町に多い。
拝殿から振り返ったところ。
境内にあった方角石。
石・松・社の説明板。
パンフレットにもあった江戸期の絵図。
北側の上り口からみた日和山。
上記の場所の背後。少し上り坂。
そこには展望台があったので早速上る。
兵馬俑を想起した(行ったことはないが)
穏やかな日本海。この正面に佐渡島があるはずだが見えなかった。
展望台上の案内板。海上油田もあるのだろうか。
南東側は日が昇ったところ。
南側。右斜めの方向に西堀通りが、白山神社まで1.5kmつづき、通りに沿って20以上もの寺が並ぶ(ということを後から知った)
新潟駅観光案内所にあったパンフ。MAP左上の展望台から南へ寺が連続する。
こちらのパンフ、無料だが、とても丁寧に作られている。
案内所の窓口でいただいたMAP(当日はそれを見て歩いていた)はペラ1枚の簡素なものだったが、沢山のパンフとともに並んでいる下記のシリーズを手に入れることをお勧めする。
まちあるき 新潟の町 小路めぐりマップシリーズ全6種類 新潟市
日和山からはタクシーを拾ってホテルに戻り、チェックアウトしてから最上階の展望台にも行ってみた。
・Befcoばかうけ展望室 8時~22時 入場無料
さきほど歩いた旧新潟税関もよく見えた。
佐渡へのフェリー埠頭。
西側。信濃川は5km西で日本海に近づくが海岸丘陵(砂丘列)に阻まれてここまで流れていた。(関屋分水路が1972年に開通したので、下の写真の川の右側は「島」状態)
佐渡島方向。
ズームしたら、さきほどの日和山展望台が確認できた。
このあと本来の目的である、仕事の打ち合わせへ向かいました。