墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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鳩山会館 @文京区音羽

10月26日の日曜日、午後から家族で洋館見学に。

東京文化財ウィークの一環の、目白台にある旧細川邸・和敬塾の見学ツアーに参加することができた(16時の回)ので、その前の時間で、近くにある鳩山会館を訪ねた。

音羽通りに面した「鳩山」と表札のある門を入り、ヘアピンカーブの急坂をのぼっていくと、見上げるような形で洋館と対面する。

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大人500円、1月、2月、7月、8月は休館になる。

1924年(大正13年)竣工 設計は岡田信一郎(丸の内にある明治生命館1934年竣工の設計者)

1995年修復・復元工事完了 

 

藤森照信氏が記した説明版が、入口の門の横と建物玄関脇にある(同じ内容、以下に転記)

鳩山家の建物 東京大学教授藤森照信(近代建築史)

文京区の音羽の丘に鳩山家の美しい洋館が姿を現したのは、関東大震災の翌年大正13年である。

鳩山家は衆議院議員の和夫(1856-1911)、総理大臣となった一郎(1883-1959)、外務大臣とつとめた威一郎(1918-1993)、さらには衆議院議員の由紀夫(1947-)、邦夫(1948-)、と4代にわたり指導的な政治家を生み育てた。

この洋館を建てたのは一郎で、ここを舞台に、戦後政治の画期となった自由党(現・自由民主党)の創設が計られ、また首相として決断した日ソ国交回復の下準備も行われている。設計を手掛けたのは一郎の友人の岡田信一郎(1883-1932)で、大正・昭和初期を代表する建築家として知られる。

一郎の没後、傷みがひどくなったけれど、このたび大修復を加え、往年の輝きを回復した。修復に当たり、一郎、その夫人である教育者の薫、威一郎を記念する部屋を設け、公開されることになった。バラの庭を前に建つイギリス風の外観、ハトをモチーフとするステンドグラス、アダムスタイルの応接室、朝倉文夫作の和夫、春子夫妻像など見るべきものは多い。

 

庭には秋のバラが咲き誇っていた。「ピース」という名前の表示があった。

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庭から見る鳩山邸。右端は鳩山和夫・春子夫妻の銅像。その右には鳩山一郎銅像もあった。1階手前はサンルーム、2階は現在大広間になっている。

ご案内(フロアーガイド)−鳩山会館

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階段のステンドグラス。鳩が舞う。小川三知(1867-1928)の作。

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2階、玄関の上の位置にあるベランダ。

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2階には、一郎記念室、葵記念室、威一郎記念室があって、生前の愛用品や記念品、天皇陛下のサインのはいった首相辞令や手紙類が展示されていた。

 

庭に面した1階のサンルームや2階の大広間には秋の陽射しが差し込んで、明るい雰囲気が漂っていた。

鳩山氏が首相になったときは大混雑だったようだが、今は観客数も落ち着いていて、この日も建物や庭をじっくり鑑賞することができた。欲を言えば、座ってくつろげるようなスペースがもう少しあるとありがたいです。