墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

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いちはら埋文講座 「地方豪族と大王稲荷台1号墳」 市原市埋蔵文化財調査センター

9月13日(土)、自分にとっては2週連続の講演会。

今回は千葉県でも特に古墳が集中する市原市で、しかもテーマは「王賜」銘の鉄剣が出土した稲荷台1号墳であったので、楽しみにしていた。

時間の読みを間違えて15分遅れで到着、会議室の扉を開けたらすでに講義は始まっていたが、会場は満杯。50人の枠に100人以上が集まっていた。

(迷惑な途中入場にも関わらず、係りの方にはレジュメや椅子、スリッパまで出していただき親切にしていただきました。レジュメはパワポのコピー40頁もあるものでした)

講演内容は、稲荷台1号墳の概要、王賜鉄剣の解説、ヤマト王権と地方豪族との関係、埼玉古墳群稲荷山古墳の金錯銘鉄剣との比較、神門古墳群から姉崎古墳群・菊間古墳群、等で盛りだくさん。休憩をはさみ10時から12時近くまで、全員が熱心に聴講していた。

 

・稲荷台1号墳概要(このパートは遅刻したのでレジュメ情報のみ。築造時期は現地の説明板では5世紀中頃とありましたが、講演でどのように言及されたかはわかりません・・)

市原市国分寺台にあったが開発により消滅し、3分の1サイズのレプリカが現地に復元されている。

直径27.5mの円墳で4m幅の周溝を持ち、墳頂部に2基の木棺があった。そのうちのひとつ中央木棺から王賜銘鉄剣が出土した。

~現地は昨年6月に訪れました。


上総国分尼寺、稲荷台1号墳、神門5号墳 (6/22) - 墳丘からの眺め

 

鉄剣の現物は、佐倉市の歴博にある。

~1ヶ月前に実物を見ました。


国立歴史民俗博物館 総合展示第1展示室(原始~古代) 千葉県佐倉市 - 墳丘からの眺め

鉄剣には銀象嵌(ぞうがん)の銘文が6文字読み取れる。残り6文字を推定すると下記になる。カッコ内は、稲荷山、江田船山、石上神宮の鉄剣の銘より推定。

王賜(利刀)敬安  

  此延(刀辟百兵)

「王が、よく切れる刀を賜う。つつしんで大事にしなさい。この官刀(直刀)で兵害を免れるでしょう」

この鉄剣の文面の特徴は「王が賜う」と明言されていること。他の鉄剣の文面(埼玉稲荷山など)では被葬儀者本人が主語となって「私」で始まり、鉄剣を自分が記念として作った読めるところが異なるそうだ。

 

・その後に、倭王権の成立史、邪馬台国とヤマト王権についての概要。

神武・崇神の同一人格説についても触れられた(崇神天皇の即位、4世紀初頭をもって、大和朝廷、古墳時代が成立したとの説)

 

このほかにも沢山の興味深い話を、貴重な写真とともに聴かせていただいた。

 

・面白かったは、地位・パワーの、継承・相続・世襲に関するところで、これらは律令国家体制とともに形作られたものだということ。

 

・もっとも興味深かったのは最後の、神門古墳群から菊間古墳群、姉崎古墳群の解説。

市原市国分寺台周辺には、当地に神門古墳群や稲荷台古墳群があり、北東に5km程に菊間古墳群が、南西に5km程に姉崎古墳群がある。

3世紀中葉にまで遡る神門古墳群が最も古いが、4世紀に興隆したのは姉崎、菊間の古墳群。

姉崎古墳群の各古墳を時代順に並べると下記のようになる。

前期

 釈迦山古墳(93m)

 姉崎天神山古墳(130m)

 今富塚山古墳(110m)

中期

 姉崎二子塚古墳(114m)

後期

 姉崎山王山古墳(69m 消滅)

 原1号墳(80~90m 消滅)

 鶴窪古墳(60m)

終末期

 六孫王原古墳(46m)

 

菊間古墳群で最も古くて大きかったのは新皇塚古墳(前方後方墳、全長80m、4世紀後半、消滅~このカッコ内は別の資料による) 姉崎でも菊間でも古墳時代前期の4世紀に築造された大きな古墳は、古墳時代後期の6世紀になってからその周りに新たに古墳群が造られているという。

一方で5世紀には稲荷台古墳があるものの、中期中葉から後期前葉にかけての築造が「見当たらない」

埼玉(埼玉古墳群)や群馬(保渡田古墳群)では、その5世紀から継続する大きな古墳群が形成されるのとは対照的なのだそうだ。

 

・講義終了後の質問タイムで講師の方に、

「6世紀の古墳が、4世紀の古墳の周囲に築造されたということは、血のつながりがある子孫ではないか」

と質問したが、

「この時期は、そのときどきで力の持った者がリーダーとなり、地域をまとめ、かつてのリーダーと同じように扱われた(扱われることを望んだ)とも考えられる」(という主旨だったと思います)

との答えをいただき、「律令国家体制の考え方に囚われていた自分」に気が付くことができました。

 

今回の講義で名前の上がった古墳は、昨年から今年にかけて訪れた場所が多かったので、話をリアルに感じることができました。

このブログを読んでいただいた方も、PC版では過去記事を「カテゴリー」で選んでみることができるので、お暇なときに「千葉の古墳」を見ていただければと思います。

いちはら埋文講座は、前回の神門古墳群に焦点を当てたお話も面白かったですが、今回も大変勉強になりました。ぜひ次回も参加させていただきたいと思います。

↓前回はこちら


いちはら埋文講座 邪馬台国時代のいちはら 市原市埋蔵文化財調査センター - 墳丘からの眺め

 

・講義資料に、「千葉県の前方後円墳」が時代別順位でまとめられていたので転載させていただきます。一箇所除いて探訪したのでお暇なときに見てください。

千葉県の前方後円墳

・前期

1位 市原市姉崎天神山古墳(130m)

姉崎天神山古墳、釈迦山古墳、鶴窪古墳 (千葉県市原市) - 墳丘からの眺め

2位 市原市今富塚山古墳(110m)

島穴神社 今富塚山古墳 千葉県市原市 - 墳丘からの眺め

3位 君津市飯籠塚古墳(108m)

飯籠塚(いごづか)古墳、久留里城(久留里城址資料館) - 墳丘からの眺め

・中期

1位 富津市内裏塚古墳(148m)

内裏塚古墳(再訪) 須恵国の古墳③ 千葉県富津市 - 墳丘からの眺め

2位 木更津市高柳銚子塚古墳(142.3m)

(未探訪)

3位 香取市豊浦大塚山(三之分目)古墳(124m)

三之分目大塚山古墳 (再訪) 千葉県香取市小見川地区 - 墳丘からの眺め

4位 市原市二子塚古墳(114m)

姉崎二子塚古墳 姉崎神社 大覚寺山古墳 千葉市埋蔵文化財調査センター - 墳丘からの眺め

・後期

1位 富津市三条塚古墳(122m)

三条塚古墳 須恵国の古墳⑤ 千葉県富津市 - 墳丘からの眺め

2位 富津市稲荷山古墳(106m)

姫塚古墳、稲荷山古墳 須恵国の古墳⑧ 千葉県富津市 - 墳丘からの眺め

3位 富津市九条塚古墳(105m)

九条塚古墳 須恵国の古墳⑦ 千葉県富津市 - 墳丘からの眺め

 

最後に、当方の認識の誤り聞き違いもあると思いますので、このブログを見る機会がありましたら、どうそご指摘ください。(コメント欄、非公開にもできます)

説明いただいた大村様、準備いただいた埋文センターのみなさま、誠にありがとうございました。