仙台から東北本線を南に、長町、南仙台、名取と過ぎて4駅目で館腰(たてこし)に着く(20分弱)
ここに東北最大の前方後円墳、雷神山(らいじんやま)古墳がある。古墳は西口側だが、東口にタクシーが1台停まっていたのでそちらに向かった。が、一足違いで先を越されてしまった。
電話で呼べばいいのだが徒歩30分、歩いてみることにした。
東口タクシー乗り場から海の方向。正面1kmで仙台空港滑走路。
西口の案内板。海や空港との位置関係がわかる。
館腰エリアを拡大。古墳は駅のすぐ左上にあるように見える。
道なりに進むとすぐに館腰神社・弘誓寺(ぐぜいじ)があった。
「奥州路」で検索すると名取市のサイトが出てくる。
芭蕉が「奥の細道」の道中で通ったまさにその道なのだそうだが、江戸幕府が定めた五街道のひとつである「奥州街道」は白河までで、白河から北は伊達政宗が整備し、奥州路、奥州道、江戸往還道などと呼ばれていたそうだ。
奥州路と並行する用水路にかかる石橋を渡り、鳥居に向かう。
用水路は結構水量があった。
裏が水路に面している家には、洗い場(?)がある。
用水路に沿って、遊歩道もある。
遊歩道の芝桜が満開だった。
鳥居の先に続く石段。
2番目の鳥居の横に木造の馬を祀った社があった。リアルで一瞬たじろいだ。
館腰神社の社殿。
811年に空海が弘誓寺を創建するにあたって、神社も京都伏見稲荷から分霊したそうだ。
神門から振り返った眺め。
本殿以外にも、天満社、弘誓寺観音堂、日切地蔵尊、その間の奥の社殿と、複数の社殿が並び建っていた。再建前の観音堂は桃山様式の三間四面回廊付きの堂宇だったが、昭和61年の神社への放火により焼失したそうだ。
気になる社殿。
地蔵尊の社殿から、読経の声が聞こえていた、
弘誓寺の山門。
境内の端からは空港の方まで広く見渡せた。
このあと北側の道を降りて、雷神山古墳へと向かった。
つづく。