墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

作山古墳 岡山県総社市三須

全国第4位の規模の造山古墳から10位の作山古墳までは、直線距離で3㎞ほど、徒歩で50分程度しか離れていない。中間には備中国分寺がある。

大規模墳丘だけでなく、大きな横穴式石室をもつ古墳も集まっている濃密なエリア。

 

車を利用したので、造山古墳から10分程で作山古墳駐車場に到着。

どちらも「つくりやまこふん」なので、ぞうざん(=造山)・さくざん(=作山)と通称される。

 

駐車場にあった説明板。

作山古墳の全長は282m。全長280mの箸墓古墳(第11位)より少し大きく、墳丘に立てる古墳としては造山古墳、五条野丸山古墳(後円部は不可)に続いて全国で3番目の大きさになる。

国指定史跡 作山古墳
大正10年3月3日指定
つくり山古墳と称されるほど、雄壮で巨大な前方後円墳です。
独立した小丘陵を削り、整形、加工したもので、一部に後世の改変を受けているものの、全長約282m、後円部径174m、同高さ24m、前方部長さ110m、同幅174mの規模をもっています。
三段に築成され、各段には密接して円筒埴輪が立ち並び、斜面は角礫でおおっています。造出しは北側には存在しますが、対照的に南側にあったかどうかは疑問です。
外周には周溝がなく、複数の残丘をのこすなど巨大な墳丘のわりには端整さを欠く面もあります。
作山古墳の規模は、全国的にみても第10位に相当し、県内では全長約350mで全国第4位の岡山市新庄下・造山古墳につぐもので、古墳の規模が豪族権力の反映または象徴であることからすれば、本墳の被葬者が吉備に君臨した大首長であることが想像されます。
この古墳の築造は、発掘調査がおこなわれていないのであきらかではありませんが、墳丘の形態や円筒埴輪の研究から、5世紀中葉頃と考えられています。
昭和61年3月 総社市教育委員会

 

隣にあった看板には「中国自然遊歩道」が紹介されていた。

 

駐車場と小道を挟んで、墳丘への上り口があった。 

 

登っているのは前方部左裾尾根。右手に前方部斜面。 

 

一段目を上がる。

 

一段目のテラスの上。右手は前方部先端に沿った小径。

 

左は長大な前方部左側面。

 

振り返っての前方部左裾。

 

そのまま稜線を上って行くと気になる注意書きが。

 

前方部墳頂に到達。くびれ部から先端に向かって高くなっている。

 

前方部先端に立って斜面を見下ろして。

 

前方部右側で若干の眺めが得られた。南東方向。

 

前方部墳頂の端から、後円部方向を。

 

草木が密で、墳形の把握は難しかった。

 

くびれ部のあたりから北西方向。

 

その背面の南東方向。

 

振り返っての前方部。

 

後円部への上り。ちょっと墳形がわかる?

 

後円部から、くびれ部を。

 

後円部墳頂をパノラマで。

 

墳頂にあった説明板。

国指定史跡 作山古墳

独立丘陵を加工して造られた作山古墳は、造山古墳(岡山市所在、全国第4位・岡山県下最大の前方後円墳)に次いで、5世紀中頃に築かれた全国第10位、岡山県下第2位の規模を誇る前方後円形のお墓です。
斜面と平坦面からなる三段に築かれた墳丘は、現在では草と木で覆われていますが、築造当時は、平坦面に少なくとも5千本以上の埴輪が立て並べられ、斜面には石が敷き詰められていました。
自然の景観の中にそびえ立つ巨大なモニュメントは、作山古墳の南方に存在したと考えられている古代山陽道に先行する道を行き交う人々に、吉備の大首長の権力を誇示したものと思われます。
しかしながら、作山古墳は、正円形の後円部をもち前方部の形態も整った畿内の大王墓や造山古墳に比べ、楕円形で前方部の前端が台形に突出するなど不整な形態をもっています。これは、長さと幅が不自然な自然丘陵をできるだけ手をかけず、長大にみせようとしたことによるものと思われます。
畿内の大王墓にみられる二重・三重の堀が認められないこと、また、本来なら取り除くべき前方部前面の丘陵がそのまま残されていることなどからも、作山古墳に葬られた吉備の首長は、畿内の大王ほど、古墳築造にかける余力がなかったのではないでしょうか。
なお、作山古墳には、盗掘された大きな穴は存在しないことから、古墳の主は今も後円部の中央地下深くに眠っているものと思われます。
平成22年(2010)3月 総社市教育委員会

 

 実測図部分のアップ(上が作山、下が造山)

 

後円部先端側に降りる道があった。

 

少し降りて振り返った後円部。このあたりでスズメバチ一匹を見かけたので足早になる。

 

後円部斜面には松林があった。

 

後円部斜面から北東方向。

 

パノラマで。田んぼの先の丘陵、中央やや右の集落の近くに江崎古墳がある。

 

下山して振り返った後円部。

 

後円部に沿った道から北側を。

 

ズームすると山の上に鬼ノ城が写った。

 

作山古墳後円部を先端側から。

 

後円部を回り込んで墳丘北側を歩いた。途中に造出しを持つが視認はできなかった。

 

もとの前方部左裾に戻って探索終了。

 

墳丘の東側、三須の交差点から見た作山古墳。右手前に後円部、左後ろへ前方部。