墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

石の宝殿・生石(おうしこ)神社 兵庫県高砂市阿弥陀町生石

前回の考古博物館の前には「石の宝殿」を訪ねていた。

JR神戸線土山駅宝殿駅から3駅目。

駅から目的地までは少し距離があったので行きはタクシーを利用した(1000円ほど) 

 

車は丘の上の鳥居まで、急な石畳坂を車で上がったので得した気分に。

 

鳥居の脇に国史跡の石碑。

実はこの背面の広場のすぐ先に「竜山1号墳」があったことを後で市のサイトで知った…(グーグルマップには印が無く油断していました)

http://www.city.takasago.hyogo.jp/index.cfm/18,36295,175,html

 

OBITOさんのサイトにて、写真と解説が見られます。

http://obito1.web.fc2.com/takasago.html

 

神社と旧跡の現地解説(by 高砂市高砂市観光協会

 

前出の高砂市サイトによれば、石の宝殿は生石神社のご神体。

由来は諸説あって謎だが、播磨国風土記奈良時代)に家の形をした大石として登場するそうだ。

このあたりの地盤は約9000万年前に形成された凝灰岩「竜山石」

古墳時代から石棺石材として利用され、江戸期の建築資材など現在まで約1700年間採石され続けてきた。竜山全体で160箇所以上の採石遺構があって31箇所は国指定を受けているとのこと。

 

さきほどの鳥居からスロープを上がると、石段が下から顔を出した。

 

そこから左を向くと生石(おうしこ)神社建物が。

 

くぐった先が拝殿。左右に2ヶ所に参拝して、横から見たところ。

 

拝所の間の通路の先に、ご神体の「石の宝殿」が。拝観料100円を納めて中へ。

 

御神体は一辺が5m超の直方体の石塊。

 

背面すぐに神社建物があって、カメラのフレームには全容が収まらない。

 

側面には縦に溝が。

 

下部の池の上に浮いているように見える。

 

神社側以外の三方は壁。御神体部分を残して、周囲を掘り下げたように見える。

 

背面には、横から見ると三角に出っ張る大きな突起が。

 

突起の下部。

 

ぐるりと一回りして拝殿へ戻る。

 

拝殿側からの上部縁。

 

圧倒的な迫力だった。

 

拝殿の両サイドから背後の岩山の上へ登ることができる。左サイドは手すりあり。 

 

岩を削り出した階段を上がる。

 

玉垣の先の崖下には、ご神体の上部が。

 

周りを掘って削り出したことが見て取れる。

 

こちらの日経の記事によれば、推定重量465トンになるそうだ。 

https://www.nikkei.com/article/DGXLASHC11H5H_S4A211C1AA1P00/

上記の記事には考古学者間では、7世紀ごろの家形石棺または石槨という説が有力であることが紹介されている。

記事では、さらに次のような仮説も。

明日香村の牽牛子塚(けんごしづか)古墳石槨には二上山産の巨石が使われているが、橿原市の益田岩船(ますだのいわふね)にも牽牛子塚古墳用の未完成品説があり、その岩船の表面には宝殿と同じベルト状の凹みがあることから、「宝殿、岩船、二上山で石槨を競作して二上山のものが採用され、残り2つは途中で放棄された」との話。

とても壮大で興味深いストーリー。

 

切り出す前提であれば、まるで浮いているかのように下部が掘り込まれている説明がつく。

が、465トンもの石塊を運べるのか?

 

しかもこんな山の上から。

石舞台の石材も巨大だが、一個あたりの最大は77トン。大阪城石垣で最大の蛸石でも108トン。

ちなみにジャンボジェットは燃料・乗客積んで350トン、新幹線N700系は16両で700トンだそうです。

 

山上公園への道は途中で手すりなしに。 

 

傾斜はゆるいが、横をみるとちょっと怖い。

 

ほどなく、四阿のある山頂に到着。

 

素晴らしい眺め。

 

ズームすると明石海峡大橋も写った。

 

南側には竜山石の岩塊が続く。1700年間の採石の跡か。

 

南西側の眺め。

 

姫路港沖合の島?

 

山頂の広場は北にも少し続く。

 

西側にも採石場が。

 

重機の音が響いていた。

 

北側のベンチ。

 

振り返っての四阿。

 

慎重に拝殿へ降りて、さらに石段を下る。

 

結構急な石段。

 

最後の方は手すりもなく落ち葉もあって、ゆっくりゆっくり降りた。

 

一番下から。

 

麓を流れる法華山谷川対岸から。

 

生石神社をズームで。

 

川の下流方向。

 

一応上流も。