墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

風張(1)遺跡 青森県八戸市大字是川犹森(いづもり)

是川縄文館の見学後は川を渡った丘の上にある、合掌土偶が出土した風張(かざはり)1遺跡を見に行った。

 

長生園という高齢者住宅の入口脇に説明板があった。

 

その位置から左側は登り坂。

 

右は下り坂。是川縄文館の方向。

 

説明板には合掌土偶の写真も。

風張(1)遺跡
風張1遺跡は、新井田川右岸の丘陵上に立地し、総面積は約7万5千㎡に及びます。対岸には縄文時代晩期の是川中居遺跡が所在します。昭和63年からの調査により、縄文時代中期・後期、弥生時代、奈良~平安時代の遺構が発見され、約4千年前から長い期間にわたってこの場所に人が住んでいた痕跡が見つかっています。
縄文時代後期後半(約3500~3000年前)の集落跡では、直径約150m内に竪穴住居跡・掘立柱建物跡や、墓、貯蔵穴などに使用されたとみられる土坑が多数検出され、これらは土壙墓群のある墓域を中心として環状を呈することがわかりました、約500年にわたるムラづくりの様子がわかる貴重な事例となっています。
縄文時代後期後半の遺物は土器・石器のほか、ポーズをとる土偶、土製耳飾り、スタンプ状土製品、石製玉、トチやクリの実といった自然遺物など多種多様にわたっています。中でも竪穴住居跡あら合掌土偶や炭化米が発見されたことにより、本遺跡は全国的にも知られるようになりました。遺物は当地域の縄文時代後期後半の文化の実態を示すものとして重要で、平成9年に664点(附炭化米2点)が国の重要文化財に指定され、そのうち合掌土偶は平成21年に国宝に指定されています。
※これらの遺物は是川縄文館で収蔵・展示されています。
平成27年12月 八戸市教育委員会

 

写真のアップ。時代は異なるが群集墳跡のようにも見えた。

 

長生園の入口の網は動物除けか。

 

説明板の右後ろ側の様子。

 

是川縄文館に戻っていくと、そのすぐ手前に八戸市縄文学習館(八戸市埋蔵文化センター是川縄文館別館)があることに気づいたので立ち寄った。

 

すすんでいくと校倉風の建物があったがこちらではなく。

 

右隣がその施設だった。

 

是川遺跡の保護に大きな功績を残した泉山岩次郎・斐次郎兄弟に関する展示や是川石器時代遺跡に関する展示などがある。入場無料。

 

風張遺跡の大型写真パネルも。

 

屋外には風張遺跡の竪穴住居跡をモデルにした縄文人の家が2棟。

 

内部はなかなか広かった。

 

新井田川の右が風張遺跡、左の三連の真ん中が現在地の中居遺跡。

 

復元住居のそばから新井田川(是川橋)方向。草の下には中居遺跡が眠っているのだろう。