墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

鹿島沢古墳 青森県八戸市大字沢里鹿島沢

「2019年東北縄文の旅」の3日目は、八戸市内の鹿島沢古墳から。

 

南側の山塊から馬淵川河口に向かって伸びる舌状台地の先端、標高90mほどに立地する。

 

隣の道路は北への下り坂。 

 

道路に面した解説板。地元高校生が発見した古墳だった。

鹿島沢古墳(かしまさわこふん)
昭和33年、地元の高校生がここ鹿島沢で古墳を偶然発見、同年、地元の研究者や慶應義塾大学が調査を行い古墳に間違いないことが確認された。鹿島沢古墳は、それまで青森県で知られていなかった古墳の存在を、初めて明らかにした遺跡として有名である。
全国的にみると、3世紀に始まる前方後円墳のような巨大な墓造りは、時代が下るにつれ小型化し、群集するようになる。鹿島沢の古墳は、発見当時は10基弱が10m前後の間隔で確認され、大きなもので直径12m・高さ約1.5m、小さなものは直径6~7mほどの小規模なものであり、7世紀ごろに造られたものと考えられている。
慶応義塾大学の調査では、南北2m、東西約1mの長方形の埋葬施設が検出されている。底面には川原石が敷き詰められ、その南側には15個の大小の割り石が積み上げられていた。副葬品として、土師器甕、直刀、刀子、鉄鏃、金環、ガラス玉が出土している。また、昭和43年に付近を宅地造成した際、杏葉(ぎょうよう)などの金銅製の飾り金具や勾玉、切子玉、管玉などが発見されている。
平成14年、発見された遺物の大半は、古代における八戸地方の状況を考察する重要な資料であるとして、青森県の重宝に指定されている。
平成26年8月 八戸市教育委員会

 

その場所を、南の端から。まっ平に見える地面。

 

東側の道から見上げて。

 

北側から。

墳丘の有無はわからなかった。

 

東側の道も下り坂。大きな樹もあって奥の様子が気になったが、時間の都合で引き返した。