墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

桜町・伝馬町・馬場町 古墳と桜の飯田紀行(19)

下山村駅からは鼎(かなえ)、切石と古代風の名の駅を過ぎ、さらに飯田駅も過ぎて桜町駅で下車した。

 

駅外観。ここも無人駅。飯田駅以外では車掌さんと運賃のやりとりをする方式だった。

 

200mほど線路に沿って西へ歩くと、並木通りに出る。

 

道の中央の遊歩道には左右に桜が続く。

 

濃密な桜並木が1km以上続く。このときはあまり人出は無かったが翌日昼は大勢で賑わっていた。

 

宿に向かう途中で2か所、お寺境内の桜へ寄った。

はじめに専照寺(せんしょうじ)のシダレザクラ

 

樹齢は400年。

専照寺シダレザクラ
品種:シダレザクラ 樹齢推定400年
目通り周囲4.5m 樹高10m
老木の幹の樹勢は衰えているが、毎年樹下の釈迦牟尼仏の頭上を天蓋を飾るように咲き誇っている。曹洞宗白竜山専照寺の境内にあり、慶長9年(1604)城主小笠原氏の帰依により現在地に移転され、その時に植栽されたと推定される。

 

樹下の石仏。写真は明るく加工。実際は尊顔がわからないほど暗かった。

 

背中側(本堂前)からフラッシュで。

 

そこから250m東に黄梅院があるが、入口が背中合わせでその倍くらい歩く。

大変見事なシダレザクラなので歩いた甲斐はあったが。

 

フラッシュを使うと、また違う雰囲気に。

 

こちらも樹齢は400年。 

黄梅院のシダレザクラ
品種:シダレザクラ 樹齢推定400年
目通り周囲5.1m 樹高16m
古枝に代わって更新された枝は形のよい樹冠をつくり、紅梅を思わせるような赤みの濃い花をつける名木である。曹洞宗青松山黄梅院の境内にあり、往古島田村(現在飯田市松尾)に開墾され天正10年(1582)現在地に移され、その頃植栽されたと推定される。飯田市観光協会 

 

山門を入ると、「周囲5.1m」の幹に圧倒された。

 

微かに揺らぐ姿はとても幻想的だった。 

 

こちらは宿への道すがら見えた街中の個体。

 

普門院址の糸桜(三代目)というそうだ。

 

この日の宿「ファミリーハウス民宿若松」は行きのバスの中からスマホで予約した(当初の日帰り予定を、バスが渋滞に嵌って変更)

 

裏路地に入って右の扉で手続きをして左奥の建物に靴を脱いで入る。

 

1階に”降りて”食堂脇の101号室に宿泊。同じフロアの共同風呂にさっと入って外の居酒屋で夕食。ビールと日本酒も飲んで4000円ほどだったが、朝食付きの宿泊費を上回る。

寝る前にスマホ歩数計を見たら39,795と示していた。

朝は食事の用意の音で目が覚めたが早めにおいしい朝食をいただくことができ、予定より早い電車に乗ることができた。

 

翌朝の宿の様子。

 

桜町駅に向かって歩いていると、菱田春草生誕地の横を通った。

 

昨夜の黄梅院のシダレザクラを再び。毎朝来ているという地元の方が、今日が満開と教えてくれた。

 

参道正面から。

 

朝日のあたる濃いめのピンク。

 

内側から見上げて。 

 

並木通りも早朝なので静か。

 

道の真ん中のい花トンネル。 

 

踏切りからの桜町駅ホーム。 

 

6時46分発の飯田線に乗車して2つ先の元善光寺駅へ向かう。

右手車窓からは飯田盆地。

 

元善光寺駅直前の左手車窓。