墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

安富桜~飯田市美術博物館 古墳と桜の飯田紀行(1)

4月最初の土日、かねてから訪ねたかった飯田の古墳を桜の時期に巡った。

混雑しがちな中央道を避け、新幹線で名古屋を経由し高速バスに乗って終点の飯田商工会館で下車。

飯田市美術博物館へ歩いていると崖に出た。飯田盆地では東縁を北から南へ流れる天竜川に対して西から注ぎ込む河川が扇状地を深く削りこんでいて、あちらこちらで高低差が露出していた。

 

舌状に残った河岸段丘を活かして造られたのが飯田城(長姫城)で、城跡には数々の旧跡や施設、そして桜も残る。

飯田城の歴史は、飯田市のサイトにとても詳しく解説されている。

https://www.city.iida.lg.jp/site/bunkazai/iidajou.html

 

美術博物館の前には桜の門が。

 

桜の暖簾をくぐって振り返る。溢れるように咲き誇る”夫婦桜”

 

そこから右に目を移すと、桜の高木があった。 

以下は現地の説明板。

長野県天然記念物 長姫(おさひめ)のエドヒガン(安富桜)
品種:エドヒガン 樹齢推定400年
目通り周囲6.7m、樹高20m
幹と根張りが雄々しく、均整のとれた樹形は古木の風格をもち、エドヒガンの特性がよく現れ県下の名木である。
この桜が、飯田城主堀氏の家老安富氏の邸址近くにあったため、俗に安富桜と呼称される。飯田市教育委員会 

 

どっしりと、ただならぬ重量感の幹。

 

縦三分割で。

 

東側から。

 

一部ピンクが濃い枝も。

 

桜の正面・南側に飯田市美術博物館がある。

 

開館は平成元年(1989)で、設計は原広司京都駅ビル(1997)や梅田スカイビル(1993)、札幌ドーム(2001)、越後妻有交流館キナーレ(2003)等を手がけた方。

このギザギザ屋根は南アルプスの稜線がイメージされているのだそう。

 

内部には神殿のような列柱が。 

 

美術館では地元出身の菱田春草のコレクションが常設される。入館料一般310円。

 

目当てにしていた「自然・文化展示室」は7/20までリニューアル工事中だった。

 

天窓から見えた安富桜。

 

階段を上がって受付あたりを見下ろす。

 

その先のテラスに展望台入口があった。

 

階段をぐるぐると登る。 

 

展望台は屋根付き。

 

西方向。正面の風越山の右奥に雪のかぶった稜線も見える。手前のドームは博物館のプラネタリウム

 

北方向。 手前は安富桜。

 

南東方向。南アルプスは霞んでいた。

 

南西方向。右奥に恵那山が聳える。

 

博物館の門を出て飯田駅へ向かおうとすると、すぐ先でカメラを構える人が。そちらへ回ってカメラの方向を見ると、ここにも見事な個体が。

 

段差を上がると説明板も。

桜丸御殿址のヒガンザクラ
品種 エドヒガン、シダレザクラ
推定樹齢400年
根元周囲8.2m、樹高12m
一本にも見えるがエドヒガンとシダレザクラが合体しており、あたかも一本の木が花を咲き分けているようである。この地には飯田城本丸御殿の別棟として脇坂氏時代(1615~1672)多くの桜が植栽され御殿名の呼称となった。この桜はその名残りをとどめる名木である。南信州地域振興局

 

柱に支えられながらも、旺盛に咲く。

 

流れる滝のようだった。

 

桜の先は飯田合同庁舎でやはり飯田城址。桜丸御門(通称:赤門)は江戸時代宝暦年間(1754)の築。

https://www.city.iida.lg.jp/site/bunkazai/akamon.html 

 

道路を隔てて重厚モダンな建物が。

 

道路に沿う長辺は100m以上。中央が長い「凹字」形。

昭和4年(1929)築の国登録有形文化財だが、現役で使われている「飯田市立追手町小学校」

 

両端は美しく丸みを帯びる。

https://www.city.iida.lg.jp/site/bunkazai/outemati.html

 

こちらは飯田市合同庁舎。建物正面から飯田駅方面へは直線道路で900m。

 

途中にあったインテリアのビル。

 

ボウリング場も現役で活躍中。

 

麹店の隣に結納の店。

 

飯田駅は屋根が眩しいほどの赤さ。

 

素晴らしい古墳や桜に数多く接することが出来たので、シリーズタイトルをつけてしまいました。おそらく30回近く続くと思いますが、おつきあい頂ければ幸いです。