墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

清水前古墳 山形県東置賜郡高畠町二井宿

前回の安久津八幡神社参拝後は、道を隔てた向かいにある「道のえき・たかはた」内の「レストラン縄文」にて昼食を取った。(夫婦で行動していたので昼食は必須)

 

道の駅の一画は観光案内所になっていて、付近のジオラマもあった。

それをよく見ると、すぐ東に「清水前古墳」が表示されていたので訪ねることにした。

 

墳丘は道路沿い、南側にあった。

 

清水前古墳は県指定史跡で詳しい解説板も立っていた。

県指定史跡 清水前古墳
清水前古墳群は、屋代川の右岸、清水山の麓の平地にあり、米沢盆地の東端に位置する古墳群です。
かつては7,8基の古墳が所在していたということですが、現在は1~3号墳の3基を残すのみとなっています。西から1号墳、2号墳、道路を挟んで2号墳の北側に3号墳があります。この内、1号墳、2号墳については、昭和30年8月1日に県指定史跡として指定されています。
昭和48年8月、国道113号線高畠バイパス工事に伴う発掘調査が、山形県教育委員会により行われました。この時調査された1号墳、2号墳はともに封土の流失により石室が露出し、石室の部材も一部失われた状態でしたが、石室は比較的良好な状態で遺残していました。1号墳の玄室は、長さ2m、幅1m70cm、天井までの高さ1m70cmを測り、両袖で幅80cmを測る羨道に続きます。2号墳は1号墳よりやや小さく、玄室の長さ1m70cm、幅1m30cm、高さ1m30cmの両袖式で羨道へ続き、羨道の長さは1m40cmを測ります。石材はいずれも地元の凝灰岩で、本古墳群の中では最も大きな石室を有する1号墳の蓋石には、大きな一枚岩が使用されています。また、1,2号墳ともに、石室の床面が地表より約1m高位にあり、大きな特徴となっています。石室内からの出土遺物はほとんどありませんでした。わずかに、須恵器片、内黒土師器片、鉄釘、刀子、骨片などが得られたにとどまり、時期を明確にするような遺物は得られませんでしたが、石室の構造などから、7世紀後半頃のものと考えられています。調査終了後、高畠町教育委員会が復元整備工事を行い、翌49年3月20日に完成しました。
平成10年3月31日 高畠町教育委員会

 

回り込んでいくと、もう一基。

墳丘の中腹に開口部がある。

 

清水前1号墳の開口部。南南東を向く。

 

真冬は埋もれてしまうだろうが、今は「頑丈な、かまくら」のような感じ。

 

羨道から玄室。

 

フラッシュで中を確認。 仕切りになっている両袖の幅が80cm。

 

玄室に入らせていただいて奥壁を。ここは1.7mの高さ。

 

奥壁前から開口部。

 

羨道から外を。

 

1号墳の外へ出て、隣の2号墳を見る。

 

2号墳も南南東に開口する。

 

同じような造りだが、わずかに小振り。

 

羨道にはシダが。

 

玄室をフラッシュで。

 

玄室から開口部。

 

フラッシュで。

 

2号墳の石室前から見た1号墳。

 

1号墳の墳頂から西方向。

 

上記から左に回して説明板。

 

さらに左に南東方向。右奥ビニールハウスの先に屋代川が流れている。

 

東方向に2号墳。

2号墳と道を挟んで北側に3号墳があることは、解説板を書き起こしていて気づいた。