墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

静嘉堂文庫 東京都世田谷区岡本

今回は東京文化財ウィーク2018の公開関連での最後のエントリ。

今年は、静嘉堂文庫美術館の隣に建つ「静嘉堂文庫」の建物内見学にも当選しました。

11月4日の午前・午後で各15人ずつの枠。往復葉書きでの申し込み。

 

大学等の紹介状を持つ研究者であれば、事前予約により普段も建物内で蔵書を閲覧できる。

http://www.seikado.or.jp/about/seikadoubunko.html

 

大正13年81924)に着工し、岩崎家が所有した古典籍を収蔵する文庫で、建築家・桜井小太郎の代表的書斎建築。

 以下は建物前の解説板より。

東京都選定歴史的建造物 静嘉堂文庫
所在地:世田谷区岡本2-23-1
設計者:桜井小太郎
建築年:大正13年(1924)4月
武蔵野の面影をよく留める丘陵の一隅にこの建物は建っている。鉄筋コンクリート造2階建スクラッチ・タイル貼りの瀟洒な建物で、イギリスの郊外住宅のスタイルを濃厚に表現している。
静嘉堂文庫は、三菱合資会社の第4代社長であった岩崎小彌太が、その父彌之助の収集した日本や中国の貴重な古典籍を永久に保存し、更に研究者に公開することを目的に建設したものである。
設計者の桜井小太郎(1870~1953)は、イギリスで建築を学び、英国風の落ち着いた品格のあるデザインを得意とした。岩崎小彌太も明治33年イギリスに留学し、ケンブリッジ大学を卒業した英国通であり、両者の呼吸が一致した作品である。内部は玄関ホール、ラウンジ、閲覧室、2階に応接室等があり、19世紀後半イギリスのアーツ・アンド・クラフト運動の雰囲気を持っている。東京都生活文化局

 

背の高い2階建て建築。

 

広い面積をスクラッチタイルが覆う。最上部の三角だけ市松風になっている。

 

煙突や出窓の形が古城の風情。

桜井小太郎(1870~1953)はロンドン大学で学び、ロンドンの建築事務所でも経験を積んで英国王立建築家協会の資格も取得している。桜井は静嘉堂文庫の直前に、今は現存しない旧三菱銀行本店(1922)や丸の内ビルディング旧館 (1923)、そして文京区に現存する東洋文庫(1924)を手掛けている。

 

いつもと異なるのは、中に明かりがともっているところ(内部撮影は不可)

窓を背にした照明の下あたりに、昭和天皇・皇后が座られたソファが置かれていた。

 

内部は周りの壁や調度品に木(オーク?)が多様されとても落ち着いた雰囲気。この建物には閲覧室や応接室があり、書籍が収蔵されているのは背面にある別の建物だった。建物の壁厚は30cmほど、周囲にはイチョウ(耐火性がある)が植えられて、しっかりと貴重な資料を守っている。

 

一階にある閲覧室の前、玄関を入ってするのホールには暖炉も。その隣には錘で測るような昔の体重計もそのままに置かれていた(当時の当主・岩崎小彌太氏は体重がオーバー気味だったようです)

重厚な階段を上がると2階にもホールがあって、壁際に作り付けソファが当時の状態で残っていて座り心地を味わうこともできた。

外からも灯りが見えた客間に入る。重厚な絨毯が敷かれた部屋は、さまざまな調度品で飾れれていた。数丁の火縄銃もあった。

A5版ほどのモノクロ古写真には、ケンブリッジ大学留学時の岩崎小弥太氏が同級生30人程の中に一人だけ東洋人として収まっていたが、領主然としたジェントルマンたちの中で全くひけをとらずに堂々とされているのが印象的だった。

 

建具で興味深かったのは出窓を開閉する金具で、20cmほどの長細いS字に3つぐらいの穴があり、そこに凸型の出っ張り棒をはめ込んで開閉角度を調節するというもの。今でも使うことがあるとのことだった。

 

1時間ほどのツアーだったが、戦前の岩崎家の世界に触れられる素晴らしい体験でした。貴重な機会を設けていただき、ありがとうございました。

 

 

見学ツアーでは、建物見学の前に、広場の反対側を少し入った場所にある岩崎家廟堂も周辺も見学した。今でも岩崎家ではこちらに墓参されるそうだが、囲いの中は岩崎家の敷地なのでツアーでも入ることはできない。

 

正面扉は中国二十四孝。

 

設計はジョサイア・コンドル。廟堂の前には青銅製の狛犬と大香炉。

 

こちらから見た形は、羊のお尻由来との説があると伺った。

これらのブロンズ作品は岡崎雪声(せっせい:1854~1921)の作とのこと。

 

そういえば前回来た時も雨模様だった。

 

静嘉堂文庫美術館では松浦武四郎展が開催されていた(12/9まで)

写真の首にもかけられているネックレスは、本物の勾玉や水晶玉を連ねたもので、江戸東京博物館で開催されている「玉」の特別展出品物に勝るとも劣らない見事なものだった。