墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

三鷹市大沢の里 水車経営農家 東京都三鷹市大沢

前回の出山横穴墓を見た後、野川の右岸を下っていると茅葺き農家があった。 

 

入口側へ回っていくと、スタッフの方々が帰り支度をされているところだった。

公開時間が10時~16時で、もう閉館1分前になっていたが、話を伺うと奥の建物へ誘導された。

 

中を見てびっくり。現役の水車小屋があった。右奥に大きな水車があって、九連の杵が並ぶ。

 

右下の木製歯車が右奥の石臼を廻す仕掛けになっている。 

年に一度だけ、実際に水の動力ですべてが動くのだそう。石臼も回る。

しかし、それは10月上旬の三連休で、次は一年後だった。

http://www.city.mitaka.tokyo.jp/suisya/shinguruma/gaiyou.html

 

入口横の解説板。

東京都指定有形民俗文化財
武蔵野(野川流域)の水車経営農家
所在地:三鷹市大沢6-10-15
指定:平成10年3が卯t13日
峯岸家は江戸時代後期より、五代にわたって野川流域で水車経営に携わってきた農家である。
現在、同家の屋敷地には母屋(文化10年代頃建築)と隣接するカッテ(大正末年)、土蔵(明治9年)、物置(大正期)、水車装置が備えられた覆屋(きや:水車小屋~昭和40年から始まった野川の河川改修工事後建築)などがある。敷地内にはこのほか、水車用の用水路跡や「きぶた」と呼ばれる水量を調整する仕切り板と排水溝跡、かつて使われていた通水橋の石造欄干なども現存している。
武蔵野地域の水車は、江戸期以降新田開発に伴い開設が急増し、明治末期から大正期にかけて産業技術近代化の中で最盛期を迎え、昭和に入ると工業化が進み急激に減少している。このような中にあって峯岸家の水車は文化5年(1808)頃に創設され、その後数度の改造を加えながら今日まで伝存されてきた。搗き臼や挽き台など多機能性な両袖型の大型水車で、規模・形式ともに武蔵野を代表する営業用水車である。
かつてのような水車のある風景が失われつつある中で、当地には、水車経営を行ってきた峯岸家の暮らしを窺わせる建物及び設備が現存している。武蔵野で営業を行っていた水車農家の旧態を良く留め、貴重な有形民俗文化財である。
平成30年3月建設 東京都教育委員会

 

入場料100円で公開時間は10時~16時(水曜休)

 

門を入ったときは見えていた座敷も雨戸が立っていた。

 

入口あたりから見た野川。