墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

北村韓屋マウル(村) ソウル特別市鍾路区嘉会洞

前回の景福宮見学後は、伝統的な家並みが残っているという北村韓屋村エリアを目指した。

 光化門から出て左(東)へ回り込むと、東十字閣の先にくねっと曲ったビルが。

日本大使館が入る建物で、この裏側の通りに例の像が置かれている。

 

景福宮の東縁の大通りを北へ進む。ギャラリーや大使館のある通りだが、お寺もあった(法蓮寺)

 

KUMUHO MUEUM OF ART

 

GALLERY HYUNDAI

 

国立現代美術館ソウル館は赤レンガ外壁のモダンな建物。入ってみたかったが時間の都合で次の機会とした。

後で調べた下記の「韓国古建築散歩」という素敵なサイトによると、日本統治時代の1928年(昭和3年)に京城医学専門学校付属医院の外来診察所として建てられ、1932年の一部増築を経て1933年に完工した鉄筋コンクリートの建物で、1945年以降はソウル大学医科大学第2病院、陸軍統合病院として使われ、1971年以降は国軍機務司令部本館として使用されたとのこと。

http://liumeiuru.hacca.jp/2014/02/96/

 

美術館の角を右へ入って坂を上り、何軒かカフェがあったので一休み。

 

ラーメン鉢ぐらいの大きさのふわふわのカキ氷を家族で完食。左がいちご、右がグレープフルーツ。

 

窓の外の風景。 

 

クールダウンしたところで、外に出て細道を。 

 

雑貨屋などもある観光エリア。

 

だが、一般の家のほうが多い。

 

崖際の道。

 

 そこから左(西)の眺め。

 

崖下に下りる小道もあった。

 

曲がりくねる階段も。

 

後ろから家族が追いついてくるタイミングなのでそこで引き返した。

 

もう一度、崖上からの眺め。奥の塔などは景福宮の敷地にある国立民俗博物館の建物。

 

その先を右折すると傾斜が急になった。

 

上って下る。

 

さらに枝道を上る。

 

上った先の塀の向こう。

 

瓦の波が広がっていた。 

 

斜面なので瓦の「滝」か。

北村は、朝鮮時代(1392~1910)に王族や両班(ヤンパン)と呼ばれた貴族たちが住んでいたエリアで、今でも韓国の伝統家屋「韓屋」が密集して残っている。

 

尾根から降りて瓦の街の中へ。

 

葺き替え工事中のところも。暑い中大変そうだった。

 

煉瓦塀の曲面。

 

この路地が有名になっているようだった。

 

修復中の壁。目地を埋めていく様子がよくわかった。

 

民家の扉には「silence please」の貼り紙が。

 

左も「静かに」の横断幕。気をつけていても、記念写真を撮るときには声が出てしまった。もっと気をつけないと。

 

坂の頂上から振り返って。

 

そこからさらに東側の谷筋は高級住宅街だった。

 

そこから再度東に尾根を上がって下りるところ。急坂なので小型路線バスが活躍。

 

その坂を降りると、「冬のソナタ」に出てきた校門があった。

 

門の脇はブロマイド屋さん。

 

校門を背にした南側。

 

南へは降りずに更に東に坂を上った。途中で振り返って。

 

煉瓦タイル壁だらけの枝道。

 

そして最後の下りで振り返って。

 

平屋の建物はお屋敷。

 

このシャッターでは小動物は入ってしまう。

 

次の目的地、昌徳宮の脇の道に出た。

右手尾根上に集合住宅群を見ながら、南縁の入場門まで歩いた。

つづく。