墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

景福宮 ソウル特別市鍾路区世宗路

前回のつづき。

三陵公園見学後は家族と合流し、オーソドックスなソウル観光を。

最初に向かったのは景福宮キョンボックン)、東京で言えば皇居東御苑か。

朝鮮時代の衛兵交代を再現した「王宮守門将交代儀式」に合わせて。

 

服も旗も華やか。

 

一緒に記念写真を撮ることもできる。中央の守門将は人形かと思うほど動かなかった。

(子供たちは前に並んでいた中国からの方)

 

この光化門の内側までは無料で入れる。門の右側にチケットブースがある。大人3000ウォン(≒300円)

下の写真は内側からみた光化門。

 

韓服(チマチョゴリやパジチョゴリ)を着ていると入場無料になる(近辺に衣装レンタルの店があって1万~2万ウォン≒1000~2000円で借りれるそう)

それもあってか若い人は高い割合でコスプレ(?)していてとても華やかだった。

 

光化門の次は興礼門。ここから有料。

 

興礼門の内側から振り返っての光化門方向。

 

光化門をズームで。

光化門は景福宮の正門として1395年に建てられ(当初は四正門という名)、1425年に光化門と変わったが、1592年の文禄の役景福宮とともに焼失した。

1864年、高宗により景福宮とともに再建されたが、日本統治時代の1927年に景福宮東側に移築、朝鮮戦争での焼失後に鉄筋コンクリートで復元され(1968年)、2010年に本来の場所に4年をかけて復元された。

 

興礼門の先には勤政門。 

 

勤政門の先に景福宮の正殿である勤政殿がある。

 

勤政殿への石段。 中央が王の通り道。輿に載って上を行く。

 

勤政殿は王の即位式や外交官の接待など国家の公式行事が開かれた所で、その名前には「民を勤勉に治める」という意味があるそうだ。

 

目がくらむような軒下の組物。

 

建物内部の中央には玉座がある。後ろの屏風には10000ウォン紙幣の絵柄にもなっている「日月五峰図」が描かれている。

 

勤政殿の前から振り返って南側、勤政門。

 

勤政殿の左(西)側面に回ると、奥に北岳山(342m)が望めた。

 

逆側の右(東)側面から再び内部を。玉座前の天井には金の龍が。

 

勤政殿の東脇から南側。右奥は勤政門。

 

後で調べていたら、Wikipediaの「朝鮮総督府」の項に、近い位置から撮った写真があった。1995年に朝鮮総督府建物が解体される直前の写真。1926年に竣工し、1986年からは国立中央博物館として利用されていた。

 

 

検索すると反対側の光化門側からの写真も見られるが、王宮広場と興礼門あたりをつぶして建てられていた。

誰がこの立地に決めたのだろう。 

解体されるには惜しい建物だったが、日本にとっては解体されて良かったように思われた。そこに建てた事実は無くならないが。

 

勤政殿の北(後ろ)にも、門と建物が続いていた。 

 

回廊の門を抜けると、前には思政殿。

 

勤政殿」では公式的な行事が、「思政殿」では王が日常的な業務が執り行われていた。正面の壁画の龍には王が象徴されている。

 

思政殿にあった解説板。

 

思政殿を斜め前から。

 

屋根とその飾り。

 

ここで一旦回廊の外側(西側)へ。

 

そこには池の中に楼閣があった。

国に祝事があったときや宴を催すために作られた慶会楼。

 

 

こちらも日本語の解説板があった。

 

2階の床が高い位置にある。1867年の再建とあるが支える柱は石製?

 

景福宮では、さらに多くの建物や庭園を観ることができるが、時間の都合でここで表門へ引き返した。

 

戻る途中では建物よりも人に目が行った。

 

確かに「インスタ映え」します。

 

強い日差しで暑かったが 、夢中になれば気にならない?

つづく。