墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

漢城百済博物館(前編) ソウル特別市松坡区芳荑洞

前回の芳荑洞(パンイドン)古墳群を見学後は北北東に700mほど歩いて、オリンピック公園内にある漢城百済博物館へ向かった。

 

地図下辺左側の緑が芳荑洞古墳群。

 

歩いていると左側に「KOREAN BANG I MARKET」の看板が。芳荑市場の通り。

 

観光客はあまりいない雰囲気で面白そうだったが時間がなかったので横目に通過。

 

頭上をプロペラ機が通過。

 

そのまま進むと、片側6車線の大通りに突き当たる。

 

少し傾斜がついていて、両方合わせると12車線の坂道!

 

長い横断歩道を渡ると「SEOUL BAEKJE MUSEUM」の標柱。七支刀の絵が入っていた。

 

公園内の散策路を進むと、漢城百済(ハンソンベクチェ)博物館の迫力ある建物が現われる。

2012年の4月にオープンした新しい博物館だった。

以下はいただいたパンフの説明。

ソウル、2000年の王国首都として甦る。

漢城百済博物館は、韓国の歴史上初めてソウル地域を王都として建国した百済の歴史と文化を復元して紹介することを目的に設立されたソウル市立博物館です。

大韓民国の首都ソウルは、古代百済が始めて首都地として以来2000年余りの歴史を抱いた文化都市です。

ソウル歴史の基盤である先史時代をはじめ、漢江と黄海を舞台に、古代東アジアのハブとして活躍した百済漢城時代(紀元前18年~475年)および百済に続き漢江を中心に栄えた高句麗新羅時代の文化を漢城百済歴史博物館で体験することができます。

 

ソウル市立の博物館で力のこもった展示内容だったが、なんと入場無料。 撮影可。

入ってすぐのホールには巨大な土壁断面が展示されていた。 

 

百済時代にはこのオリンピック公園がある場所に高い土塁に囲まれた夢村土城(モンチョントソン)が、そして北北西1kmの漢江の中洲に更に大きな風納土城(プンナットソン)という王都が築かれていた。

地下から2階天井まで目一杯つかったこの展示は2011年に発掘調査が行われた風納土城の土塁(城壁)の断面を写したもの。高さ11m、底面の幅43m、上面の幅13mもある。

 

壁の前には土塁を築造する当時の人々が姿がリアルに再現されていた。

 

土砂を背負って運ぶ様子。

 

こちらの人は天秤棒で運んでいる。

 

木製のスコップで捏ねている様子。

 

土を突き固めている様子。異なる土質層を重ねて突き固めることで、土の山が崩れないように頑丈にする版築の技術。

風納土城は3世紀前後には完成しているとのこと。日本の古墳時代が始まる前であり、古墳の墳丘の築成にはこの技術が伝わったのでは。

 

スマホアプリで動画を見られるようだったが、うまくダウンロードできなくて断念。

 

現在の風納土城地区の写真。土塁が残されて(復元されて?)、真新しい軍艦島のようになっている。

 

発掘時の出土物も展示。

 

展示室は最初に企画展から。漢字は「茶」だけだが、英語で、The Black-glazed Ware. Elegance and Taste for Tea.とあった(2018/8/19終了)

 

展示室入口には中国の地図。

 

日本語の解説もあった。黒瓷とあるが黒釉のことか。

 

ここだけでも広い展示室。

 

天目茶碗(?)も。

 

陶片の並べ方にも特色があった。

 

博物館1階には企画展示室と第一展示室がある。

第1展示室は百済より前の時代についての、ジオラマや出土物の展示。

新石器文化の時代。

日本語解説もあった。 

氷期が終わり、温暖な気候になってくると、人々は農耕を営み、土器を製作した。この時代の文化を新石器文化という。韓国の新石器文化は紀元前8000年頃に始まった。人々は水辺に竪穴住居を建て、村を形成し、定住生活を送った。磨製石器を使い、狩や漁労はもちろん、犬、豚、牛などの牧畜も行った。

日本における縄文時代にあたる。 

 

次に、権力が出現した青銅器文化の時代。時期は日本より早いが、日本でいえば弥生時あたると思われる。

紀元前3500年頃、人々は青銅器の製作を始めた。青銅器の使用により、階層と戦争が生じ、国家が出現した。韓国の青銅器時代は紀元前2000年頃から紀元前1500年頃の間に始まり、農耕と磨製石器が普及した。韓国で青銅器文化に基づいて登場した最初の国家は古朝鮮である。

 

このジオラマは、人々が生き生きとしていてじっくり見入ってしまった。

 

手前の石は「支石墓」

巨石を立てるだけでなく、その上にテーブルのように天井石を乗せる。Wikipediaには、世界の支石墓(4~6万基)の半数が朝鮮半島にあるといわれている、とあった。

ソウル近郊では江華島で見られる。

 

巨石を切り出す様子。

 

それを運ぶ様子。

 

祀りごとの様子も。

博物館の解説からではないが、上に鳥形がある木柱は鳥居の原形ともいわれる鳥竿(ソッテ) と思われる。

 

 

青銅器や磨製石器

 

並んでいる馬の形は青銅製の帯鉤(バックル)

このコーナーにあった日本語の解説。 

青銅器時代後期、人々は鉄製の武器と農具を作った。これにより征服戦争が盛んになり、生産力は増加した。韓国で鉄器が使われたのは紀元前5世紀頃からである。この時期、国家は飛躍的に発展する。紀元前後、韓国では扶余、高句麗三韓などが成立した。ソウル地域では、馬韓連盟に属した伯済国が勢力を伸ばした。 

 

映像展示ではいくつか古墳の発掘状況が映し出されていた。

こちらはまさに前方後円墳

 

石村洞古墳群3号墳の木製パズルも。

 

クイズコーナーは支石墓の形。

つづく。