墳丘からの眺め

舌状台地の先端で、祖先の人々に思いを馳せる・・・

滝沢古墳 群馬県北群馬郡吉岡町下野田

前回のつづき。

 

三津沢古墳にあった吉岡町文化財マップに、周辺の2つの古墳が記されていたので行ってみることに。初めは吉岡町役場の近くの滝沢古墳へ。

 

役場の駐車場に車を停めると川の向こうに墳丘が見えた。

 

川を渡って墳丘のそばへ。役場側から見た墳丘。

 

きれいに復元された斜面。

 

回り込んでいくと入口があった。

 

隙間にカメラを入れて。

 

フラッシュで。

 

奥壁をズームで。

 

前庭の様子は三津屋古墳と似た雰囲気だった。

 

その先にあった説明板。関越道建設で移築された古墳だった。

滝沢古墳

この古墳は、下野田の滝沢川右岸に存在したが、関越自動車道路線にかかっていたので、発掘調査後、ここに築造当初の形に推定復原したものである。
墳丘は直径11m、高さ2mほどの小円墳である。
高さ1mの付け基壇を有し、石室前には台形に開く前庭がある。墳丘の表面には軽石川原石を用いた葺石がある。周囲には浅い堀が存在した。
埋葬主体部は、全長5.5m、玄室長2.7m、玄室幅1.8mの横穴式両袖型石室である。側壁の下半部には浮石室角閃石安山岩、上半部には硬質安山岩を配する乱石積である。壁石の一部は鑿で削られ、玄室入口には切石の厳門があり、末期的様相を呈している。
副葬品は古い開口なので、釘、刀子の破片が僅かに出土しただけで埋納当初の状況は明らかでない。
古墳の年代は、石材の加工技術や構築法などから7世紀と考えられる。この地域を支配した小豪族の墓であろう。
昭和59年3月30日 吉岡村教育委員会

 

実測図部分のアップ。

 

関越道工事前はどの程度残っていたのだろうか。

 

桜の木陰の周堀。

 

奥が役場の駐車場。間に川が流れている。